2009メインメニュー

postheadericon RFL広島みんなの広場

postheadericon リレーフォーライフへの思い

2012 - RFL広島みんなの広場

「 リレーフォーライフへの思い」
2013年のリレー・フォー・ライフに向け、日々の生活がある中、3月から実行委員会を行い、頑張って下さる方々に感謝の思いでいっぱいです。
今の自分に出来ることで・・・・と思い、近況を書かせて頂きます。
広島県で開催された第1回(旧広島市民球場)に参加して、私の中で大きな大きな目標になったリレー・フォー・ライフ!
「よ~し来年も!」と 生きる目標になった、大切なイベントです。
2013年がスタートしたお正月明け、吐血と下血で救急車で病院に行き、そのまま入院生活となりました。
3月、出来る治療がなくなった事を告げられ、4月より緩和ケア病棟のある福山市民病院に転院しました。
「自分の体におこっている現実を、きっちり受け止め、日々 頑張っていく!」
なんて、やはりなかなか出来なくて、だけどこの状況を知った家族も辛いだろうし、これ以上、心配かけたくなかったから、不安や怖さを出さないようにしました。
夜、一人になると、抑え込んでる思いが出てきて、眠れなかったり、泣いてしまったり・・・・そんな私の気持ちを、少しずつ和らげ前に向けてくれたのは、薬や点滴ではなく、人の心でした。
”私のことを思ってくれてる人がいる”
”私は一人じゃないんだ”
この事に気づいてから「余命が あと・・・・」なんて思うことが減り、いや、そうでなく「もっともっと生きていくよ 私は!」と思うようになりました。
やりたいことを、たくさんあげて、目標にし、どれも ひとつひとつ可能にしていくぞ、と思えるようになっています。
急に状況が悪くなり、入院生活を送るようになった1月以前から、ずっと支えて頂いている方々はもちろんだけど、偶然の出会いでかかわった方からも、生きる力になる優しい心をもらえて「人の力ってすご~い!」と痛感したことを ちょっとだけ書いてみます。
入院中 車椅子で廊下を歩いていたら、背中から「砂田さんですよね」の声で、向きを変えたら、まったく知らない人でした。
「リレー・フォー・ライフで話された砂田さんですよね?」
この言葉で、一気に不安な気持ちが緩み「ハイ!そうです」と言いました。
「あの時、夜のステージでの話を聞いて感動したんです」
と言ってくださったこの方は看護師さんでした。「こんな感動する話をされた患者さんが、自分の勤務する病院の患者さんだと後から知って、そのことだけでも嬉しくて、いつか逢えたら・・・とずっと思ってきたので、今日会えたのが嬉しくて声をかけずにいられなかったんです」と言って頂きました。
輸血をしていたしんどい状況だったけど、この方と出会えた嬉しさが、体のしんどさを 不思議なくらい和らげてくれました。
私事ですが、息子の結婚が決まり これが大きな目標となり 絶対に元気な姿で結婚式に出席するぞ!と思っています。
息子としては、やはり心配もあったようで、私に 二人のウエディング衣装を見せようと計画してくれました。 昨年のルミナリエステージで話をした教え子の美容院のみんなと、息子とで考えてくれたというだけでも、嬉しくてたまりませんでした。
人の繋がり、人の絆が 生きる力になると思えました。
生まれ育った場所でもあり、私と教え子との想い出の地でもある尾道市向島の立花海岸、そして高見山山頂で写真撮影をしました。
外出願いを出し、車椅子で 息子とお嫁さんになる彼女の姿を見ると共に、教え子が息子たちのために一生懸命してくれる姿を見て、幸せな想いでいっぱいになりました。
ちょうどこの日、高見山へトレーニングで尾道高校ラグビー部の方々が来られていました。そのすぐそばで行われた写真撮影。
山頂まで走って上がるトレーニングをしたばかりの高校生は、体から元気のパワーが溢れているのを感じました。私のところまで届くほどのパワーでした。
息子たちの事を気遣ってか、あまり大きな声をされず。汗をかいたトレーニング後の処置などされながら、撮影を見てくれていました。
その後 監督さんが生徒さんに、この後走って山を下りて帰る事を告げられてから、私の方へ「お二人のお名前は?」と尋ねられました。
そばに付いていてくれた私の妹と一緒に慌てて二人の名前を言うと、監督さんは生徒さんに名前を言われ、全員で整列したかと思ったら
「○○さん!○○さん!おめでとうございます。お幸せになってください」「万歳!万歳!万歳!」
そして、走って山を下りていかれました。
高見山山頂展望台の空気が、一気にかわりました。
優しい風が吹いたような・・・あったかい空気に包まれたような気がしました。
私はもちろんですが 息子たちも その場にいた皆がサプライズプレゼントに感激しました。 突然のことで「ありがとうございました」というのが精一杯でした。
偶然 その場に居合わせた・・・そんな時でも 人の心は繋がるのですね。
かかわってきた時間の長さが、人のかかわりの深さを決めるものじゃない!
何気ない生活の中で 言葉をかわす事で生まれる“心”の繋がりがあるんだと、改めて思った出来事でした。
そんなひとつひとつが 今の私の頑張る支えとなっています。
浜中先生が届けて下さった実行委員さんの寄せ書きは ベットのそばに置き 9月を目指す目標になっています。
                               砂田和子

 

postheadericon リレーフォーライフ福山に参加して

2012 - RFL広島みんなの広場


RFL福山参加者メッuセージ
<成和おのみちてっぱん会>
昨年、初参加させていただきました。約2時間ひたむきに歩きました。みなさんと同じ時間を共有できたことは、とてもうれしかったです。職場の仲間が現在、がんと闘っています。その応援のためにも仲間で歩きたいと思います。 
<福山アンダンテ 高垣>
今年も元気に参加できてうれしいです。ありがとう。
<東中学校PTA>
 福山市医師会看護学校准看2年の細川が監督をつとめます。アラフォー4人組で頑張ります。
<Pretty4(プリティー・フォー)>
福山市医師会看護専門学校の教員第二看護学生、准看学生のドリームチームです。全員若く美しいメンバーがそろいました。乞う御期待!!
<高松真由紀>
 医療用ウィッグの開発にたずさわっています。本当に必要とする方たちに私たちのウィッグを通して少しでもお役にたてればと思います。
<竹内由宇子>
 年々、増えているがんという病気。私の周りにも闘っている友人がいます。それでも一生懸命がんばっている人達に少しでも気持ちが届けばと思います。
<上森千恵>
 がんと一言で言っても色々な種類のがんがあり、私の周りでもそれと戦う人もいます。がんについての知識を勉強したいと思います。
<Let It Be>
 インターネットのサイトで知り合った大切な友人と家族のチームです。“今日という日は、残りの人生の最初の一日”誰にも等しく訪れる人生の終わりの日まで前向きに、でも気負わず、ありのままの自分と向き合いながら一日一日を慈しんで、生きていきたいと思っています。出会えたことに感謝!!
<高橋博明>
 がんに負けないように。
<岡田啓司>
 アプコ株式会社(薬局)として、ボランティア初参加。よろしくお願いいたします。
<浜中皮ふ科>
 実行委員長を務めています浜中院長の下で働いています職員チームです。
院長の活動を通じてがん早期発見の大切さや、がんに向き合って闘っておられる患者さんを支える家族の方たちの生き方に感動したり、涙したりしています。3人に1人ががんで他界しているこの時代、私たちはそれぞれがそれぞれの想いを胸にルミナリエを灯し、いのちのリレーをつなげていきたいと思っています。
<高橋健司>
 福山医療センターで緩和ケアを中心とした緩和ケアに興味のある人達で参加させて頂きます。
<(株)ヤクルト本社医療広島支店>
昨年も尾道での会に参加、本年も宜しくお願い致します。
<マルホ株式会社>
 がんに負けない社会を!
<岡田美枝
 今春2月、3月と大腸癌・乳癌の手術を続けて受けました。術前の不安な気持ちはとても大きかったのですが  小康を得ると前向きに日常生活を送っています。
伊東典代>
 今年も皆様にお会いできるのが楽しみです。
 ボランティアとして参加させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
広島県庁チーム 
 広島県では「がん対策日本一」の実現を目指し、積極的な取り組みを進めています。皆さまのご支援、ご協力を頂きますよう、お願いしたします。
<井口由香里>
 今回で3回目のリレーフォーライフです。
 人と人との絆を通して、元気や勇気を皆で共有したいです。そして生きていられる今をしっかり感謝したいと思います。楽しみにしています。
<林典子>
 皆で一緒にがんばりましょう。
<酒井美世子>
 福山市民病院で月2回患者等が集まる「おしゃべり会」があります。医師、薬剤師、栄養士等の専門的な話も聞けます。病気の不安や悩みなど話し合いますと、おだやかな気持ちになり、心身共に癒されます。いつもの皆さんの笑顔に会うと「ホッ!」とします。毎回の参加を楽しみにしています。
<山田邦子>
 みんなで頑張ろうね
<尾道市民病院 緩和ケアチーム>
 緩和ケアチームでは「出来る事から、出来る人から地道な活動」を理念としております。
<佐藤千萬子>
 スタッフの皆様毎日お世話になります。2日間お手伝いさせて下さいね。
<尾道健康推進課>
 元気で笑顔で暮らすため、自覚症状のない時から検診を受けて、がんを早くみつけて早く治してほしい。
<公立みつぎ総合病院 あなたの笑顔をささえ隊>
 浜中先生 お世話になります。みつぎから多職種で参加させていただきます。勤務の関係で一度に集まることはできませんが、みんなで協力して24時間つなげていければと思っています。よろしくお願いします。
<骨髄バンク>
 骨髄バンクのボランティアです。若い多くの患者さんを亡くしました。白血病なんて怖くないと伝える日が来るように祈っています。ドナーさんを待っている患者さんのことを考えると胸が痛くて仕方ありません。一人でも多くの人にドナー登録していただけるようにお願いしたいです。
<広島県細胞検査士会>
 広島県細胞検査士会です。癌細胞と向き合い、癌細胞を見逃さないぞ!と日夜努力しています。皆さんが検診を受けた先に私たちがいます。癌の早期発見は検診を受けてこそ、叶うのです。どうぞ検診を受けて下さい。その後は私たちが頑張ります!!
 RFLでは細胞検査士のブースで癌細胞を観ていただけるよう顕微鏡を用意してお待ちしています。ぜひお越しください!!
<佐藤澄枝>
 手術してもいつまでも元気が大事!!
<岡本敏子>
 癌という病になって、はじめて元気に食事出来て仕事出来る時がどんなに幸福なことかよくわかりました。4年目になりました。お陰様で元気に過ごしています。
<佐々木功>
 今年は、福山開催ということを福山市民病院で、私がずーとお世話になっている先生からしらされ、近くなので参加することにしました。参加申し込みは躊躇し続けていました。
 昨年は、様子見の感がありましたが、初日だけ参加すればいいと思っていましたが、結局2日目も福山から高速道を走り行ってしまいました。途中で終わらせるのがいやでした。何の様子も解らないまま、全工程の一部しか参加していませんが、なんとなく寂しく終わってしまいました。表彰で周回の多い人を称えているのを見て、体力があり心身健康な人でしか成しえないと感じました。
 人それぞれの思いを持ち参加されていると思いますが、私はがんと闘う医療関係者のあらゆる行為に感謝の意を込めて「リレーフォーライフ」に参加します。
昨年は周回カードも貰わずに、避けながら一人で適当に歩いていました。今年は、心身ともに少しは元気を取り戻しましたので写真や映像に映ってもいい(目立つ格好でないと写してもらえないかなぁ!)くらいの気持ちで50周くらいを目標に頑張ってみようかと思います。
<大原直樹・大原郁代>
旧広島市民球場以来の参加となります。あの時は夜中も夫婦と息子と歩き続け本当に感動致しました。妻は2回の手術後、色々ありましたが明るく頑張っています。息子は理学療法士になり2年目土日返上で頑張っております。
うだクリニックの「たんぽぽの会」がなくなりさみしくなりましたが、今回は家からも近いので認知症の母親の介護の合間に極力参加させていただきます。お手伝いできませんが申し訳ありません。
<弓場 春江>
皆と共に命の尊さを大切にする活動に参加し、自分にできることを勇気をもって行っていきたい
<岡野妙子>
がんになっても前向きに生きていけますように
<卯目道子>
すべてのがん患者の人達が幸せに暮らせますように
早くいい薬をお願いします
<種本東栄>
私も同じ病ですが、病気とつかずはなれずで仲良く一生付き合って行きたいと思っております。
<竹本悦子>
がんになった時、家族が支えあって病気と向き合いたいです
<赤松尚子>
先に前を歩いているあなたへ、頑張っている私を見守っていて下さい
 <渡辺傳枝>
 がんになっても自分らしく生きて行こう
<山手小夜子>
来年も参加できますように
<岡本信正>
がんは一生の良きお友達です。仲良くして一生をすごしましょう。
<内田好美>
がんになっても楽しく生きて、みんな幸せに
いのちのつばさ&クローバー
命の尊さや大切さ又生きる喜びを伝えたい
<島谷豊幸>
事務局の皆様、大変ご苦労様です。多くのがん患者に生きる力を与えて下さりありがとうございます。自分は多重がんで治療7年経過しました。まだ半年か3ヶ月に1回検査しています。今年も頑張ります。
<しまなみ瀬戸田工房>
尾道瀬戸田の障害者の施設です。瀬戸田産のレモンやみかんを使ったクッキー・パウンドケーキ等を持って参加します。ぜひこの機会にお買い求めください。
<広島県作業療法士会>
今年も参加します。走る・あるく・つなぐ・見る・考える様々な作業を楽しみにしています。
<平山美穂>
参加できませんが応援しています。少しですが“力”になれたら嬉しいです。 


 

postheadericon 想ってくれる人がいるこれは、私の大きな支えです

2012 - RFL広島みんなの広場

浜中先生ご無沙汰してます。
お忙しい中で、私の事を気づかって下さり、ありがとうございます
想ってくれる人がいるこれは、私の大きな支えです。
リレーフォーライフは、私にとって、まさにそれ!
がん患者の事を想い、様々な形で支えて下さる人が、どれほど沢山いるかを、実感でき、頑張る勇気と力をくれる、大切な大切なイベントです。
広島で開催1回目から参加しまたが、しんどくて…辛くて…落ち込む事の多い私の体と心に、うまく表現出来ないけど、温かいパワーを、いっぱい~いっぱいそそぎ込んでくれました。
現在、身体中の骨に、たくさんの転移があり痛くて歩くのも、かなりゆっくりですが、絶対に参加したいと思ってます。
実行委員の皆様が、何ヵ月も頑張って下さっていることに感謝の気持ちでいっぱいです。何も出来ないけど、浜中先生、実行委員の皆様が、体調崩されたり無理されることのないよう、祈っています。

 砂田和子

 

postheadericon 「1回目から参加しています」

2012 - RFL広島みんなの広場

「1回目から参加しています」
福山アンダンテ事務局 藤井福美
 
私は福山アンダンテ事務局をしている藤井です。看護師という職業柄、TVでのがん関係の放送はよく見ます。
RFLを知ったのもTVでした。まだ広島で開催されていなかったので、いつか芦屋のRFLに参加したいと切に思っていました。
そこにビッグニュース2009年9月広島で、しかも市民球場でRFLが開催されるともれ聞こえてきました。
私は1人でも参加するつもりでしたが、会員さんに話すと「私も行きたい」という方が数名いましたので申込みしました。
24時間ずっと歩くわけではないけど、様子が分からない為、寝袋などで大荷物になりました。
開始前豪雨だったのが、ぴたりと止み、13時開始されました。心はワクワク!!!
会員さんと話ながら歩いていると、声をかけられて振り返ると、病院でよくあうMRさんでした。腕にサバイバーのしるしの紫のス カーフを巻いて
いたので「えっ貴方もサバイバー?」「はい、5年前に肉腫のOPをしました」
藤井さんは?と聞かれ「私は2000年に肺がんのOPをしました」などと話をしているとカメラとマイクを持った方が近づいてこ られ、2人でインタビュウに
応じました。夕闇が迫ると、ルミナリエに「HOPE」の文字が浮かび、周囲を沢山のルミナリエが囲み、幻想的でした。
0時頃まで歩き、カビ臭い元選手のロッカーで寝ました。これも良い思い出です。
24時間会場にいた事で、凄い熱気を感じました。お元気クリニックのドクターにハグして貰いました。
2回目女学院 暑かったけど24時間会場の空気に触れ、元気を貰いました。
3回目びんご運動公園、実行委員での参加でプレイベントから3日間、尾道に泊まり込みました。
段々福山アンダンテの会員の参加も多くなり、皆が元気になるような感じが凄く伝わってきました。
テントで皆で寝袋で寝たのが懐かしいです。朝が気持ち良かったです
「がんでもいいじゃん」この言葉が素直に言えるRFLが大好きです。
今年は福山開催、福山の市民に「がんでもいいじゃん」といえるRFLを知って頂きたいと思います。

 

postheadericon リレーフォーライフ(RFL)とともに (浜中)

2012 - RFL広島みんなの広場

リレーフォーライフ(RFL)とともに                
RFL広島実行委員長  浜中 和子
 
私は皮膚科の医者ですが、1993年に左乳がんの告知を受け乳房温存手術を受けました。
その時同じ病院の看護師さんが来て私を励ましてくれました。同じ病気を持っている先輩患者の話は私の心に届き、私を勇気づけてくれました。私はがんを体験し、死を認識することによってがん患者さんの立場を理解し、生きている事がどれほど有難いかを実感しました。この経験を活かし、医者と患者の両方の立場を理解できる人間として、がん患者さんの支援をすることが私の使命だと思い、それ以来20年近くがん患者さんのサポートをしています。
2005年に大阪で第一回がん患者大集会に参加し、その時に初めてRFLの存在を知りました。NHKのテレビで三浦秀昭氏が2006年につくば市でRFLを開催する事を知り、私はたった1人で、つくばへ行き日本初のRFLに参加しました。
そこで、「がんでもいいじゃん」という大きな垂れ幕を見てとても衝撃を受けました。
「がんでもいいじゃん」という言葉は、がんという事実を受け止め、がん患者として新しいスタートを切るための決意の言葉として私の心に響きました。
会場で若い女性がん患者に出会いました。彼女はがんを体験していましたが、その事実を友人や周りの人達にまだ話すことができていませんでした。しかし、RFLに参加して、皆と歩いている内にその気持ちが変わり、「これからは堂々と自分ががんであることを話します」決意されていました。
RFLを構成しているリレー、ルミナリエ、講演会、ステージイベント、ブース活動などはどれも大変意義のある活動です。チームの仲間で24時間歩き続けるリレーはがんと闘う気力を高め、仲間との連帯感と友情を強くします。様々なメッセージが描きこまれたルミナリエはがんと闘っている人を励まし、がんで亡くなった人を追悼し、それを見る人に思いと感動を伝えます。沢山のがん関連の講演を聞くことでがんについて理解を深め、賢いがん患者になれるよう導きます。歌や踊り、演奏などのステージイベントにより仲間と楽しさを分かち合い、生きている喜びが感じられます。各テントで繰り広げられる様々なブース活動は情報提供や体験により共感や参加実感が強まります。がんの早期発見やがん検診の重要性を訴える事も大事です。日本のがん医療環境改善の為に、RFLの果たす役割は大変大きいと思います。
私はこの素晴らしいRFLというイベントを中国地方でも是非開催したいと思い、2009年からRFL広島実行委員会を立ち上げ、その実行委員長を務めています。2009年旧広島市民球場、2010年広島女学院中学・高等学校、2011年尾道市びんご運動公園で開催し、2012年は福山市で開催予定です。
がんはまだまだ閉鎖的な疾患だと思われています。がんになったことを誰にも伝えられない患者さんがたくさんいます。沢山の患者さんがRFLに参加し、来年もまたこの会場へ元気に参加できるようにと願っています。年に1回RFLの会場でだけ会える、がんの友達もいます。RFLに参加する事で、実体験を得て沢山の思い出を作ることが出来ます。RFL広島の実行委員として毎年40-50人の人がボランティアで集まり、開催の原動力となっています。皆それぞれの立場で労力をいとわず、助け合って任務遂行する中で友情の和が広がっています。そのことも私にとって大きな宝ものとなっています。
RFLは沢山の人に生きる為の希望と勇気を与えています。がんになった患者さんがこれまでと変わらない普通通りの生活が出来るような社会、がんに負けない社会を作るためにこれからもこの素晴らしいRFLを続けていきたいと思います。リレーフォーライフは私にとって人生における、大きな使命の一つだと考えています。
皆で今年もRFLに参加しましょう。

 

postheadericon 私にとってRFLとは(時森)

2012 - RFL広島みんなの広場

浜中和子先生
実行員皆様
 
昨年参加された方はご存じだと思いますがリレーフォーライフへの思いは
私の人生の中で格別な思いがあります。
 
私は2005年、35歳の誕生日40日前に乳がんを発症しました。
適切な治療を行いましたが2009年、肺転移がわかりました。
ドクターが早急に転移治療をはじめられましたが
治療は順調に進むが気持ちは転移を受け入れられず毎日、闇夜にいるようでした。
 
その時、福山アンダンテメンバーさんが「広島市民球場でリレーフォーライフという
24時間ウオークリレーがあるんよ。芦屋でも行われていて、一度参加したいと思ってた。
今から体力をつけて参加しようと思う。」と、とてもうれしそうに話されていました。
「そんなに素晴らしいがん患者イベントなら私も参加したい…」と思いました。
でも、私は治療をしているので「参加できるのか?」「球場内を歩けるのか?」「倒れたらどうしよう」と不安でしたが、アンダンテメンバーに支えてもらい、参加しました。
 
2日目の午前から参加しました。球場には沢山の方が集まり、球場内を歩かれていました。
私もフラッグを持ち歩いていると、小学校中学年くらいの男の子がマスクをして、汗を流しながら、周回カードを握りしめて必死に小走りをしている姿が目に入りました。
当然ですが少年が何を思い必死に小走りをし回っているかわかりませんが
何かを思い、必死に回っている姿から感動と勇気をもらいました。
「こんな小さな男の子が必死に頑張っている。
大人の私も必死に何かに頑張りたい」と思えるようになりました。
 
リレーフォーライフ参加翌日の診察日。
ドクターは「何かいいことがあった?今日のあなたは顔つきが違う!ええ顔しとるよ」
と言われました。ドクター、看護師さん、同志、家族に支えられ、リレーフォーライフで勇気をもらいようやく病状を受け入れられたと思います。
もし、リレーフォーライフに出会っていなかったら、闇夜を抜け出せていなかったと思います。
病状も2009年から変わらず、今年もリレーフォーライフに参加できることを
とても嬉しく思います。
今年も沢山の方と笑顔でお会いできるのを楽しみにしています。
 
福山アンダンテ 時森由佳
****************
(乳がん患者会)福山アンダンテ
事務局 〒720-0021
       福山市緑陽町1丁目10-2
       看護師・藤井福美
       電話 084-955-5991
       携帯 090-3745-3141
  E-mail: このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください
 http://d.hatena.ne.jp/fukuyamaandante/
****************

 

postheadericon 血液のガン(悪性リンパ腫)からの回復(船床)

2012 - RFL広島みんなの広場


血液のガン(悪性リンパ腫)からの回復・・・・・船床五十男

 

2001-9-11 同時多発テロ発生!!

   私は、岡山大学付属病院に入院し、告知を待っていました。

 「悪性リンパ腫 ステージⅣ」・・・十二指腸で見つかったポリープが、小腸まで転移していて、手術は不可能、化学療法の選択しかなく、覚悟だけしておいてください。

 

2001-10月下旬~2002-3月下旬 化学療法を受ける

  新薬(リツキ酸・・・4)と従来のCHOP療法・・・6回の点滴による治療を受ける。

 結果は良好で、プツプツとあったポリープが表面上はなくなり、きれいになった。(医師の

 説明では、やっつける薬ではなく、抑える薬とのこと。)

 

2002-4月 寛解状態になり、社会復帰する。

  新薬を使用した結果であり、何年よい状態を保てるのか不明。私が第1号の使用者であり

 フォローアップしていくことになる。

  ・

  ・

2012-3月 10年間、良い状態を継続し、「治癒」となる。

 

 私の体験した、ガンからの回復のポイント

(1)、良い病院を選択し、医師・看護師を信頼し、よい治療を受ける。

(2)、治療が修了したら、自分の持っている自然治癒力をフルに発揮できる環境をつくり、実践する。心身のバランスを良くし、過剰なストレスを溜めない。

 

 すなわち、適切な治療を受け + 自然治癒力を発揮する。

 

 10年間という闘病生活は長かったですが、いろいろな出会いがあり、ほんとうに貴重な体験でした。ガンになり、死と直面することで、人生観を高める旅を続けさせてもらっています。

  今振り返ってみると、充実した人生を送るために、神様が私に与えてくださった試練だったようにも感じています。