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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

雨の降る日に 
  雨降りの日が続き最近運動不足。そこでスーパーまで歩いて買い物に行くことにした。
       
  「こんにちは。お久しぶりだね」スーパーの前の道で以前私の職場福祉施設を利用していたOさんを見かけ声をかける。「あっ!皿海さん、久しぶりね。
げんきそうね。あなた元気になって本当に良かったね」「いつも気にかけてくれてありがとう」
  なんだか立場が反対のようなセリフの気がする。利用者に心配をかける職員の存在って何なのでしょうね。申し訳ない。私、見た目はひ弱そうですよね。
    ラジオ出演
  「皿海さん、先週の金曜日休んでいたけれど、ラジオに出演されたのじゃあないですか」と職場のⅠさん。「よくわかりましたね。実はそうなのですよ」「えっそうなの。なんで事前に教えてくれなかったの、私聞いていないですよ」と他の職員。
  「あのー、エフエムふくやまのホームページを開くと当日の様子がわかるようになっているのですよ」と私。
      
  「皿海さん、私は三原なのでエフエムふくやまの電波が届いていないのです。ホームページを開いて聞くことができますか」「お宅のパソコンがインターネットと接続してあれば大丈夫でしょう。東京の知人に教えたら、ホームペ
ージで聞いて、完走を送ってきてくれているのですよ。
「大丈夫。前後を読めば変換ミスをしていてもわかる。文章の意図しているものはわかるから」「ありがとう」以前はエッセイを記し、メールで送ったのちに変換ミスに気がついても相手の反響はこのようなものがほとんどだった。
私は気楽にエッセイを記すことができた。」  ところが「リレーフォーライフイン広島」のホームページ「がんとものエ
ッセイ」コーナーに私のエッセイが掲載されるようになって、態度が変わってきた。「皿海さん、今回変換ミスが○箇所あったよ」あるいは「今回のエッセイ、わかりやすかった」等簡単な感想を伝えてくれる人が増えてきた。
  中には「皿海さん、私がエッセイをメールで受け取って、何日のうちにミスを伝えたら、掲載までに訂正することができるの」と質問して下さったやさしい人がいる。「うーん、不定期です」  エッセイを記してもそれだけを送るということはまずない。浜中先生あるいは実行委に要件があるときメールを送り、添付している。
エッセイを記したその日に送ることがあれば、十日間くらい寝かせて送ることもある。自分で入力し、自分で点検すると、ミスを見逃すことが多々ある。分かっているのだから、実行委に送るのは少し遅らせ、誰かの連絡を待ってからにすればいいのだが、がんに関するエッセイはすぐ送ることがある。手紙だと、何回か推敲するのだが、パソコンの文書だと「魔がさす」というか、いつの間にかクリックしていたというのも事実である。