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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー


免許証の更新     皿海英幸
  「皿海さん、本当に見えているのですか?」「ぎりぎり見えていると思いますが」「見えていませんね。違った方向を言っています。メガネ屋さんに行き、出直してください」警察署へ運転免許証更新に行ったところ、視力検査で合格しなかった。
  左目は「中心静脈閉塞症で出血し、広大附属病院で手術している。『状態としてはよくなったのですが、それが視力回復に結びついていませんね』と言うのが結果であり、右目だけが頼りだ。
  「先生、四月には免許更新なのですが、合格できるでしょうか」昨秋定期検査で広大附属病院に行った際、訊いてみた。「右目視力でぎりぎり合格でしょう。不安なら、メガネをつくって更新に行くといいですよ」と言われた。若干の不安はあったが「まあ、なんとかなるよ」という思いと「不安を感じたまま運転するよりは、不合格になったら、この際運転しないことにすればほっとする」という思いもあり、狭間で揺れていた。
  不合格になったとき、ほっとする気持ちを感じた。また、私が学生時代にはオイルショックがあった。「私たちの世代で化石燃料を使い切ってしまったら、子や孫の世代に申し訳がない。私は自家用車を持たずに公共交通機関を利用しよう」と決意し、そうしたライフスタイルを通してきた。この際返上するのが潔い。
  だけど、職場は「運転免許証所持」の条件で就職し、仕事で運転を行っている。「更新できなかったから、離職してください」あるいは「正規職員でなく、パートに切り替えます」と言われた場合、受け入れざるを得ないだろう。
がんの余命宣告以来、「今死んでも悔いはないか」「今離職してもいいのか」と自問しながら働いている。覚悟はできているつもりだった。
  私の年齢は五十九歳、家庭の事情を考えたとき、退職するにはちょっと早い。定年は六十五歳。せめて更新してもう五年間働ければ我が家のためには良いのだが。自分の思いだけで仕事は考えられない面もある。
  連休の初日、近くのメガネ屋さんに行き、事情を説明して相談する。「分かりました。まず裸眼で検査しましょう」「0・6ですね。本当にもうちょっとですね。今度はレンズを使った検査をしましょう」「1・0が確実に見えるメガネをつくることができますよ」
  念のため、メガネをかけて店外に出、景色を見る。いつもよりはっきり・くっきり景色が見える。まさにレンズを通してみたのと同様気分までも明るくなる。レンズ・フレーム合わせて一万七千円だったかな。退職せずにもう五年間働けるのだと思うとずいぶん安い買い物のような気もする。
  一週間後、警察署へ。同じ時間にきたが、前回に比べ、受付で待たされる。
「お願い、じらさないで。二回目なのだよ」心臓がドキドキしているようだ。
創ったばかりのメガネをかけて所内を見まわす。前回より景色が鮮明に見える。「よしいいぞ! 落ち着け」  「皿海さん、視力検査です」よしきた。いざ勝負。「二回目ですね。まずは裸眼で」えー、先にメガネ着用で「合格」と言ってもらった方が落ちつけてよく見えると思っていたのに。まあ、しょうがない。
  「視力検査終了。メガネ着用の条件で合格です。ただし原付は裸眼で乗ってもいいです」
  やれやれ、もう五年は今の職場で仕事ができる。ただしメガネ屋さんで言われたことだが、片目運転なので、疲れやすく長時間の運転はしない。バックの場合、片目だと見えないところがあるので車を降り、後方確認をするなど、確認作業を十分する。以上は気をつけなければならない。
      
  今回の件、振り返ってみるに「前例がなければ自分が前例となるような生き方をしたい」と言っている人間が簡単に職場放棄を考えてはいけない。もっとしっかり働きながら感じたこと、考えたことをエッセイとして発信するのは私の務めであり楽しみ。
  がん患者の職場復帰は難しい点があるといわれる現状の中、「同じ職種、同じ待遇で待っている」と言われた職場の思いに報いることも大切であろう。