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postheadericon 皿海20123月 生老病死と森田療法 (1)

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   生老病死と森田療法 北西憲二先生の講演より
                   皿海英幸
 3月25日、すばるクリニック主催「心の健康セミナー」において日本森田療法学会前理事長北西憲二先生の特別講演があった。そこで、講演なお用について記す。ただし、皿海が印象に残った部分をメモし、メモをもとにつないだものなので、講演要旨ではない。格子の思いと若干違った部分があるかもしれないが、お許しください。
 「生老病死と森田療法 人々はどのように人生を回復するのか」
 現在、不安・悩みを持っている人々は多いが、回復の物語を失った時代ということができるのではないか。脳の中に原因を求め、薬物療法が発生したことにより、悩みが医療の中に入ってきた。生老病死まで薬物でコントロールしようとする時代だが、「薬がもたらした自分は何だ」「私が私じゃあないみたい」と感じる人がいる。薬で得られた幸福は本当に自分自身のものなのだろうか。
      
 心の痛みをなくそうとする試みは、苦しむべき時に苦しむ能力を失わせ、愛の深さから当座けるような気がする。生老病死が避けがたいものであるから、他者への共感が生まれるのだと思う。
 日本は他の先進国に比べ、多量に・持続的に薬を使っている。それでは治療者が日和ってしまう可能性がある。そうした流れとは違ったものが森田療法である。
・東洋の人間理解とその解決法
・西洋の医学モデル
この二つを統合したのが森田療法である。そして森田療法は「あるがまま」を大切にする。
 最近、コミュニケーション能力が低いと悩んでいる人が多い。そしてコミュニケーションに関する研修等を受けるが、なかなかうまくいかずだんだん追い詰められる。だけど、基本は自分の力を高めてこそのコミュニケーションである。人はえるところある胃は魅力のない人と付き合うとは思わない。
 森田療法はすべての現象を関係の連鎖として理解する。そしてすべては関係の中で変化する。つまり原因結果論ではなく、円環論であり、原因追求から自由になる。
 欲望を取り除こうとすれば恐怖、恐怖を取り除こうとすれば欲望に目が向く。悩んでいるときは、自分の出来ないことをやろうとし、できることをやらない。
 不安・恐怖などを感じ、とらわれたとき、自分が悪循環に陥っていることに
①気づく ②それを受け入れる ③自在な行動をつかんでいくことが大切。不安恐怖を取り除こうとすると自己否定につながる。
 本日のまとめとして
 1生老病死は異なった苦悩でも回復の過程は共通する。
 2原因と回復の過程は異なったもの
 3病の両面性病は自分の生き方を気づかせてくれる。
 4病気が回復しなくても人生は回復する。病を受け入れ折あってこそ自分として意味のある生き方ができる。
 5老いることの豊かさ、老いを受容し、その限界を受け入れてこそ、豊かさが見えてくる。最近「アンチ・エイジング」と言いすぎでは。
 6死があってこそ、生の充実がある。メメント・モリ(死を忘れるな)
                    以上