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postheadericon 2012年3月奇跡のひと?

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   「奇跡」の人?   皿海英幸
 「あすに迫ったけど、上がったらどうしよう。それでなくても黙読だとすぐに読み終えるけど、音読だと噛みまくって時間オーバー。時間内に体験発表が収まるかな」不安がよぎる。翌日3月25日、岡山国際交流センターで「心の健康セミナー」が開催される。私はそこで生きがい療法を代表し、がん体験を発表する予定。参加定員120名、スタッフも数えると何人になるだろう。特別講演は日本森田療法学会前理事長北西憲二先生。えっ!そうか。こんな時は森田療法だ。北西先生著「森田療法のすべてがわかる本(イラスト版)」を拾い読みしておこう。
 「他人と接するのが苦手で、恐怖感さえもつ人がいますが、恐怖の対象は他人の目ではなく、他人に受け取られる自分の像です。(中略)嘲笑されても自分は自分。無理に背伸びをしようとするのはやめましょう。自分を受け入れるのはまず自分なのです」
 ちょっと気が楽になってきた。百人以上の人前で話す体験は一般人にそうあるものではない。上がって当たり前。貴重な体験を楽しもう。
 翌日昼前、岡山駅で鯖のみそ煮定食を食べ、会場へ。エレベーターより、階段で一段ずつ上がったほうが落ち着くかと思い、階段で上がり始める。でも8階まではちょっとね。息も少し上がってきた。
 少し早めに着き、スタッフと一緒に会場準備をしたら落ち着くのではと思ったが、すでに準備はほとんどできていた。手持無沙汰を感じたが、お茶を勧められ、飲みながら準備したメモに目を通す。今日はいつもよりトイレの回数が多い。緊張感を楽しんでいるのかな。
 主催する「すばるクリニック」の担当者、伊丹先生、北西先生、体験発表者で最終打ち合わせを行う。「体験発表は、ユーモアを交えてください。皿海さんは自己紹介の段階から笑いをとれますよね」「分かりました」と応じたが、ちょっとプレッシャー。
 定刻に開会。まずは北西先生の特別講演「生老病死と森田療法」(紙面の関係で内容は今回取り上げない)。
 次に「生活の発見会」による体験発表。終了し、私の順番となったが、タイムスケジュールより少し遅れている。ちょっぴり省いて短縮させないと、閉会が時間通りにならないようだ。(意外と冷静だぞ)
 「私、広島県府中市からまいりました。お皿に海と書いてサラガイと申します。ところが私に届く郵便物には『血の海』というのがあります。私は平和主義者ですし、胃の手術により貧血状態になりやすい。血の海という事態は避けたいと思っています。よろしくお願いします。」自己紹介で笑いあるいは拍手をいただいたら、以後の発表はうまくいくというジンクスがあるようである。今日は気持ちよく発表できそうだ。
 「最後に皆様に2つお願いがあります。①絶対にあきらめない。諦めるより明らめよう。明らめるは本質を明らかにするという意味があります。②苦しい時こそユーモアを大切に。ユーモアは生きる希望につながるもの。そして笑いは免疫力を高めます。以上よろしくお願いします」と訴え終了。思ったよりスムーズだったし、時間も本来のスケジュールに戻った。私は土壇場で底力を発揮するタイプと思ってもいいのか。
 北西先生より、講評あり。「皿海さんは、奇跡のような人ですね。皿海さんのよいところは、死の恐怖・誘惑に時間を区切って対応したこと。不安・恐怖は永遠に続くものではありません。時間を区切り、具体的に対応するといいのです。逆に逃げよう、取り除こうとすると大きくなります。また、一人ではなく、妻、娘と家族で対応したのがいいですね。そして耐えに耐えたとき、生きたいという思いが出てきます。底力が実感できました。サバイバーの経験を人のためになるようにしようと思う。それが自然な生き方です」と言われたのが印象的だった。
 腸閉そくを起こし、血糖値500に跳ね上がり、吐き気と腹痛に苦しんでいた私。一人だったら、応援Tシャツがなかったら、本当に点滴の管を引きちぎり、自暴自棄な行動を取っていたかもしれない。
 それにしても、リレーオーライフでは「がん患者希望の星」今回は「奇跡のような人」と身に余る肩書きをいただいた。でも、自称するのは恥ずかしい。
 終了後の懇親会会場にて伊丹仁朗先生に告げられた。「皿海さん、良かったですよ。元気が出た人がいるでしょう。次は8月に倉敷でお願いします。看護学生との合同学習会です」「わかりました」
 すばるクリニック事務局Tさん。「今日は奥さんや娘さんの話をされてところで眼がウルウルときそうになりました。毎回、少しずつポイントを変えているのですね。対象者、会場を考えているのでしょう。毎回楽しめます」「いいえ、前回話したことを正確には覚えていないだけです。でもありがとう」
 事務局Sさんには持参したエッセイを手渡す。「生きがい療法実践会」として学習会をしていたときは、記すとすぐにメールで送っていた。その都度感想を送り返して下さった。「皿海さんは、とても文章が上手なのですよ」と周りの人に話しかける。「いいえ、上手・下手より、自分の思いを素直に表すように心がけています」「そうね。皿海さんの文章には言葉に思いが乗って届くので、とっても伝わりやすいのよ」いいのですか、そこまでいっていただくと恐縮します。
 実践会で知り合った倉敷の私よりお姉さん方にも挨拶をする。「皿海さん、お久しぶり。よかったよ。有名な偉い先生の話を聞くのもありがたいし学習になる。でも患者が元気になるのはやはり同じ患者の話。苦労をしたけど、今は元気で暮らしていますという話が本当にありがたい」私こそこんな感想を聞くとありがたい。元気が出る。
 「ところで皿海さん、以前より顔色いいわね。また元気になったみたいよ」 有難うございます。でも、このセリフ、会うたびに毎回言われているのです。最初に出会った時の私、どれだけ顔色が悪かったのだろう。でも、この人たちの存在があるから、職場で、家庭で失敗しても落ち込み続けることはない。「倉敷に行けば、私を評価してくださる人がいるのだ」
 今回参加したことにより、また新たに多くの人と知り合った。活動することができた。もしかしたら、がんになってからのほうが、活動範囲が広がったかな。貴重な体験をしているのかな。
 森田療法で「病気には多面性がある。生き方を深めたり、本来の生き方を目覚めさせたりする」というのは本当だな。
 懇親会で伊丹医師が教えて下さったことばを記して、今回のエッセイを終わることにしよう。
 「がん患者は、あと5年頑張ってください。5年たったら、ほとんどのがんは治る病気、平凡な病気になっています。がんの研究はそこまで進んでいるのです」