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postheadericon 2011年9月八月二十八日に

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    八月二十八日に
 「よし、生きているぞ」四時半起床。すぐに郵便局へ。用意していた「生きています」で始まる文章を記したはがきを投函。術後五年を生き抜いた内容だから、日曜日とはいえ今日投函することに意味がある。
 帰宅し、コーヒーを飲みながらS新聞をゆっくり読む。記念すべき日のニュースをチェックするが、民主党代表選の記事中心で、芳しいものが見当たらない。
 具がたくさんの味噌汁を作り、夕食の残り物を合わせて朝食を取る。朝食後は車で御調町「いきいきロード」へ。がんの治療中、よくジョグした思い出のコース。七時前、ゆっくり走り始める。天候は曇り。かんかん照りではない。天も記念日を走りやすい天候で祝ってくれているようでうれしくなる。
 道の駅付近からジョグし始めたが、いきいきロードをとおりこし、すだちの家までジョグ。調子に乗っているな。帰りは来た道ではなく、川沿いの道。往復すれば十五キロくらいはあるらしい。今の時期、これだけジョグできればよしとしよう。
 帰宅後、シャワーを浴び、コンビニで買ったM新聞を読む。そして掃除機中心の掃除。記念日だけに身も環境も清めておきたい。
 午後、近くの書店へ。「がん特集の特別号 好評発売中」という新聞広告を数日前読んだので、その冊子のチェックをしたい。探したが見つからず。でも「福島原発の真実」という新書を見つける。アマゾン(インターネット)で「在庫なし」とされている私が読みたかった本。見つけられてラッキー。がんになって学んだこと「物事はできるだけ自分に都合のよいように解釈する」
 帰宅後、十五時近かったので妻とお茶をする。妻が知人にいただいた饅頭がおいしい。早朝より、気合を入れて過ごしたので、少しうつらうつらしたような気がした。
 十六時過ぎ、再びジョギングに。広谷町・中須町の走り慣れたコースで四キロ近く走る。手術後は「退院したら、走られるだろうか、走りたいな」と思いながら、廊下を、屋上を歩いていた。手術前は担当看護師に「患者が走るな」とよくしかられた。退院して岡大病院外来受診日は、良い結果が出たら岡山市内をジョグしていた。私にとり、良い結果の日・記念日といった晴れの日にジョギングはつきもの。走ることで喜びを表現したい。
 十七時、仕出し屋よりパック詰めの料理が届く。今日は家族五人でこの料理を祝いの膳として食す。今までの記念日だと、妻が私の好物を中心に色々手料理を並べてくれていた。だけど今日は、五年間生きることができたことを家族に感謝したいと思い提案した食事会。準備、後かたづけで妻の手を煩わしたくない。
 「そうはいってもパックだけじゃあ」といい、白みそのお汁とイワシの煮物を添えてくれた。私は「業者の料理は野菜が少ないのでは」と思い、玉ねぎをスライスして酢漬けにしたものを並べる。
    
 「おめでとう」「乾杯」で食事会は始まる。でもにぎやかなのはここまで。胃を全摘の私は失敗しないよう、身体の様子を感じながら静かに食事。日常の食事と違うだけに慎重に、ゆっくり食べる必要あり。思いで話しに花を咲かせる余裕はない。味気ないが食事会だとやむを得ない。
 食事の後は血糖値が一度に上がらないよう散歩。今までは「五年間生きられるかどうか。それが問題だ」と思っていたが、これからは違う。生きられたのだから、糖尿病対策に本格的に取り組みたい。
 散歩の後は読書。私が手術に関して記した手記を探すが見当たらない。本宅ではなく、アパートにあるのかもしれない。
 読みかけの「夢をかなえるゾウ」を読み始める。もっとも私は「夢をかなえたゾウ」だけど。がんになって読書量が増した気がする。
 五年間生きてきて、生かされて、本当に良かった。今、生きているからこそ知り合えた人がいる。エッセイを読んでもらえる人がいる。そういう人たちに生きる元気をいただいている。