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postheadericon 2011年9月リレーフォーライフ尾道

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

  リレーフォーライフ(RFL)イン尾道より
                   皿海英幸
 集合時間より十五分早く妻の車でびんご運動公園に到着。「ちょっと待つかな」と思ったが、RFLの準備作業をすでに行っている人あり。私も急いで合流し、テントおこしを手伝う。
 半年前、浜中先生に誘っていただき実行委員会に参加した。尾道と府中は市域が接する隣の市だが、私は左目の視力がほとんどないので夜間の運転はしない。JRで福山を経由し尾道駅へゆく。そこから徒歩で共同福祉施設に行き、会議に出席。帰りは妻が車で迎えに来ていた。
 そうした事情もあり、準備活動に十分かかわったとは言えず、歯がゆい思いをしていた。「せめて当日だけでも、しっかり参加したい」と思い、張り切って作業を行う。「皿海さん、今年もステージに立つのでしょう。体力温存」と声をかけてくれる人がいるが、積極的に作業をした方が、気が楽。
 実行委そして多数のボランティアによる合同作業なので、十二時頃にはほぼ準備が整う。台風の影響が心配されたが、無事屋外で開催できることに感謝と感激。
 私の担当はサバイバースラップ(一斉行進)に使用する手形のフラッグ作製。そしてルミナリエステージでのスピーチ。フラッグは二枚用意されているが、一枚は開会式までに仕上げるよう指示があり。受付付近のテントで木綿布を広げ、平皿にペンキを少し水で溶いて用意しておく。これにサバイバー(がん闘病者・体験者)が薄いゴム手袋を着用し、手形を押し、メッセージを記入。余白が目立たぬよう、多数のサバイバーにお願いする。他の実行委も協力してくださったので一枚はすぐに出来上がる。
         
 今回は開会式直後の行進に参加せず、引き続きフラッグ作製を呼び掛ける。反応はよく、二枚目も思ったより早く出来上がる。一応の役割は果たしたので、私も周回コースを歩いたり、ブースを見学したりして楽しむ。私の背中「スキルス胃がんに負けないぞ!」のゼッケンを見て、「あっ!昨年一緒に歩いた人だ」と気付き、正面に回って挨拶される人がいる。そう、私は第一回大会から続けて「スキルス胃がんに負けないぞ!」のゼッケン着用で参加している。「ゼッケンをつけ、黙々と歩く姿に感動した」という実行委員に声を掛けられ、第一回からルミナリエステージでスピーチを行っている。人の出会いとは不思議なもの。今回もできれば多くの人と出会いたい。そして一年ぶりに再会した人とは、お互い生き続けてこられたことを共に喜びたい。この大会に参加することを目標としている人がいる。
 「がん相談コーナー」のブースだったか、「思ったより厚いな。でもわかりやすい。こんなのが一冊あったらいいなあ」と思いながら「がんになったら手に取るガイド」を読んでいると、「皿海さんこんにちは。それ、見本だから持ち帰りできるの。あげますよ」「えっ!」顔を上げると顔なじみの看護師さんが微笑んでいる。「こんにちは。先日はお手紙ありがとうございます。いただいて帰ります」久しぶりの会話を楽しむ。
 ステージでは「備後しんいち踊り隊」の催し。リーダーはサバイバーであり、府中地域がん患者交流会に参加されたことがある人。親しみを感じる。
 太陽MEGURUさんの「顔面ウオーク」は楽しい。変な顔をしながら歩くと普通に歩くより消費カロリーが多く、顔面体操になるので美しくなるという。職場の軽スポーツで活用してみたい。何か資料があるといいのだが。私の説明だけでは説得力がないかもしれない。
 「講演会場」で胃がんの説明を聞いているとケータイのバイブレーション。何かなと思い外に出てケータイを見ると、妻と娘が会場に着いた知らせだ。早速合流し、三人で歩きながらブースの見学。小腹がすいたので屋台コーナーへ。兵糧まんじゅうを食べようということになったが、粒餡・カスタード・黄粉餅入りと中身の好みはそれぞれ違う。「じゃあ、全部一つずつください」と私。「それじゃあ中身がわからない。中身を記した小袋に一つずつ入れて」と妻。迷惑な客でごめんなさい。
 夕暮れが迫り、ルミナリエに点灯される。いよいよスピーチする人(六人だったかな)がステージへ。司会は浜中実行委員長。「昨年同様今年もトップですね。RFL希望の星、皿海さんです」と過分な紹介。照れるよな。
 告知以来の経過報告を行う。そして「前例がないのなら私が前例になろうと思って生きてきました」と今年も伝える。続いて「今年八月二十八日、無事術後五年を迎えることができました」と報告すると観客席が一斉に大きな拍手に。多数の人に祝ってもらえた私は幸せ者。「もしかして、今回のRFL、私の術後五年を祝うために開催されたのかな」とさえ思える。
 聞いていた妻と娘の感想は一致していた。「父さんのスピーチ、原稿を用意して読んでいるようだった。とても厳しい状況を乗り越えてきたのだから、抑揚をつけ、感情も交えて訴える方が思いを伝えることができたと思うよ」というもの。
       
 私はできるだけ淡々と事実を伝えようとしていた。テレビドラマ・映画でがん患者を取り上げる際、涙なくしては見られないシーンがあるのを不快に感じる。がんは特別な病気であり、がん患者をワンパターンでとらえているような気がするのだ。二人に一人ががんになる時代。さまざまな考え方、生き方があって当然。「がん難民」となり、途方に暮れている人がいる一方、経過が順調な人もいる。あえて平凡さを求め、淡々と生きようとする。そんな患者がいる。私自身そんな生き方がしたい。
 ステージが終わるとサバイバーズラップ。毎回感じるのだが、スピーチ後、フラッグを持ち、先頭を歩くのはとても充実感あり。周りで見ている人たちの拍手、あるいは手を振っての声援も最高潮。参加できて本当に良かったと思う瞬間だ。
 二十二時、いつもだと就寝時間だが、ここで歩きを止めるのはもったいない。昼間よりも、今の時間帯のほうが初対面の人とも話が弾む。私には背中のゼッケン・ルミナリエでのスピーチという材料があるので、話しかけるとよい反応が返ってくる。よし、一時間ぐらい就寝時間をずらすことにしよう。
 「ちょっと寒いかな」夜中に目が覚め、そう感じた。本館サブアリーナに入ったときは「昨年の女学院のように暑くなく、気持ちがいい」と思ったのだが、一晩中クーラーがきいた部屋となると私にはちょっと。グランドに戻り、三十分ほど歩き、体を温める。レモン湯のホットがおいしい。夜中までご苦労様です。そしてサブアリーナに入らず、ロビーの端で横になる。これなら大丈夫。
 十九日早朝起床。私は何時に寝ても五時には目が覚める体質であり、早朝はきげんがいい。「合計五時間くらいは横になっていたので大丈夫」自分に言い聞かし、歩き始める。実行委とはいえ百周は歩きたい。
 ラジオ体操・朝食を終えるが、ステージ開始まで時間があるので再び歩き始める。歩き疲れた人のためには足もみ隊ブースがある。これから本格的なマラソン練習に取り組む私は足もみを体験しておくのもよいと思い、お願いする。ドリームクラフトHさんが対応してくださる。
 「皿海さん、左目は見えていないのじゃあないですか」足をもみながら声をかけられびっくり。たしかに右目視力1・3、左目0・2、左右の視力が違いすぎて困ることがある。「皿海さん、写真を取ってもいいですか」若く魅力的な女性に声をかけられた際、断るすべを私は知らない。「いいですよ。でもなにか?」「胃のつぼのあたりがくぼんでいます。私の学習のため、撮らせて下さいね」参った。足裏をもんでいてこれだけのことを感じられるなんて。彼女が写真を取っているところをドリームクラフトのビデオでも撮影されていた。インターネット中継に足裏なんか流してもいいのかな。
 終了後、お礼にと思い、私の最新のエッセイ「スキルス胃がん 五年生存率十%余を生きて」を手渡す。Hさん、これからは暇を見つけては足裏をもみますね。
 閉会式の時間がやってきた。実行委の顔は充実感から笑顔。でも私は「これでいいのかな、もう少し何かできたのでは」という気持ち。今更思っても仕方がないか。ここは感激を共にし、後かたづけで頑張ろう。エコ材料で作ったハトの模型を空に飛ばしたころは文句なしに感激。台風の影響が心配されたが、開催期間中雨が降らなかったのは、言い古された言葉だが、実行委・参加者の熱意がそうさせたとしか考えられない。
 十四時三十分、片づけのすべてが終了したわけではないが、妻が迎えにきたので、委員長にあいさつをし、帰らせていただく。所用があり、この時間でないと迎えができない。
 「本番までにヨレヨレにしてはいけない」と思い着用を控えていたRFLのTシャツ、これからは気兼ねなく着用し、マラソン大会の練習をさせてもらいます。実行委皆さんの元気をいただき、びんご路を走りたい。