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postheadericon 2011年5月心配かけました

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   心配かけました      皿海英幸
 「『肺炎が治り、退院したら早く来なさい。転移も含め、しっかり診ましょう』と言われたよ」妻が岡山の主治医に連絡し、話した内容を伝える。「そうか、有難う」肺炎のことばかり考えていた私は「転移も含め」という言葉にドキッ。そういえば「術後は順調ですが、風邪をこじらせるとコロッと変わることがあります。風には気をつけてください」としばしば言われていた。
 五月十八日(水)府中中央内科退院。二十日(金)の早朝、妻の運転する車で岡山医療センターへ。四月から主治医は移動により、この病院勤務。岡大病院よりも建物が新しく明るいが、はじめてくるとやはり迷路の感あり。
 初診の手続きをし、診察券をいただく。「すみません。振り仮名がサラカイとなっていますが、私はサラガイです」「申し訳ありません。訂正します」「珍しい名前ですみません」
 主治医に呼ばれ診察室へ。「皿海さんは風邪をひきやすい方ではないようですね。」と言いながら持参した内科のCTフィルムを見続ける。「肺炎ですね。まずはこちらでも検査をしてもらいましょう。それからです」カルテ・検査依頼所等が入った黄色のバックを渡され、まずは採血室へ。
      
 「CTの検査がありますね。針は残しておきます」採血後、腕にさした針の上にラップ状のものをまき、テープでとめる。手術の後、点滴を続けて行う際、針を刺したままだったけれど検査でもこういうやり方があるのか。
 CT検査室に入る。ずいぶん明るい。壁には木に留まったたくさんの鳥が描いてあり、気持ちを和らげる。機械の上で横になり、万歳の姿勢を取ると針から造影剤を注入。身体の末端が暖かくなる。「息を吸って。はい止めて」声に合わせ腹式呼吸を意識する。「はい、終わりです」と声がかかり、針を抜いてもらう。跡に綿を押さえるように太いテープで固定。バッグを持って移動するので、三分間押さえ続けられないための配慮か。
 胸のレントゲンを取り、体重、血圧を測る。体重は一キロ減少のまま。指定された検査をすべて終えたことを外科受付で告げ、診察を待つ。
 再び呼ばれ、診察室へ。「心配していたがんの再発・転移はないですね。肺炎は若干白いところが残っているが、もう心配なさそうです。順調です」「ありがとうございます。私の仕事は軽作業、具体的にはビルの清掃ですが、職場復帰はどうでしょう」「月曜からなら大丈夫でしょう。今までどおりでいいですよ」「ありがとうございます」やれやれ。
 「ただ」「なんですか」「今回の肺炎はマラソンをしすぎて疲れたとか、風邪をこじらせたとかいうのではないようです。誤嚥による可能性が高いです」「えっ?」「食事の後、横になると胃がないので、食べた物が逆流することがあります。それが気管に入った時、気づいて咳きこめばいいのですが、気づかず肺へ入ると肺炎になります」その時妻が言った。「父さんは食事に失敗したとき、横になるけど、その時うつらうつらしている」「じゃあ、やっぱり誤嚥でしょう。食事の後、斜めはいいが、横にならないこと。夜、就寝も食べて二時間あけるように心掛けてください。じゃあ、変わったことがなければ八週後に来院してください。予約を入れておきます」
 会計等、すべての手続きを終えると十三時を回っていた。病院の食堂へ行き、少し遅めの昼食をとる。二人ともオムライス。安心はしたけど、なんだか疲れた感じがあり、定食を食べる元気はない。「職場で見舞いをもらったのに、誤嚥性だなんて何か恥ずかしい」と私。「何もそこまで言わなくても。『順調に回復し、職場復帰できました』でいいじゃない」と妻。「分かった」と頷くが、「きっと言うだろうな」と思う。
 職場の人たちは「二~三月のワックス清掃による疲れが出たのでは」と思っている人がいる。そのままにしておくとワックス清掃を一緒にした同僚に申し訳ない。同僚は積極的に取り組んだので、今回くらい楽ができたことはない。それに、次回ワックス清掃に際し、周りの人に気を使ってもらうのは心苦しい。
 同時に「胃の手術をした人はこういうことがありうる」と知ってもらうことは意義のあることのように思う。
 なにはともあれ、「体調がよかったのに、なぜ突然肺炎になったのだろう?」という不安感があったが、原因がわかったのはよかった。今後の対策が考えられる。
 術後がずっと順調だっただけに、どこか油断があったのかもしれない。腹膜播種したスキルス胃がんの五年生存率は十%を少し超える程度。何があってもおかしくないのだ。
 帰りも妻の運転で山陽自動車道を通って帰る。重度高所恐怖症の私だが、帰りの高速は怖くない。これなら今日、アイマスクは不要だろう。