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postheadericon 2011年5月希望の星

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   「希望の星」      皿海英幸
 「肺炎を長引かせたら、今後の生活に影響するかもしれないな。負担軽減と迷惑をかけたら申し訳ないという意味でリレーフォーライフイン尾道(RFL)の実行委員を辞退したほうがいいのかな」一瞬考える。気弱になりかけた自分がいる。
 しかし、こじらせることなく順調に回復。胃の手術で岡大病院に入院した際「抜群の基礎体力がありますね。そして病気に対する考え方が前向きですから手術に耐えられるでしょう」と言われた。今度の肺炎も何とか前向きに考えてみたい。
 無事退院すると、まずは迷惑をかけた人、心配をかけた人にメールで報告。早速「退院おめでとう。あなたはRFLの希望の星。これからもがんばりましょう」といった内容の返事が複数届いた。「辞退しようか」と思った私ががぜんやる気になる。「県東部でやるのに府中市からの参加は私一人。存在価値はあるよな」さすがRFL実行委はやる気を引き出すのがうまい。
       
 ところで私がなぜ「希望の星」と表現されるのだろうか。昨年のRFLルミナリエステージで発表を終えた私にのぞみの会広島のOさんが声をかける。「皿海さん、ステージよかったよ。あなたはがん患者の『希望の星』RFLの有名人なのよ」具体的に『希望の星』と言われたのはこの時が初めてだろう。Oさんは「生きがい療法倉敷会場」で知り合い、私のエッセイの読者となってくださった。
 期待されると負担に感じることが多いが、「私も自分のことを『希望の星』と思っているのよ」と続けて微笑まれた。これでずいぶん気が楽になった。
 「がん患者」と一口にいっても告知された時の状況・治療法・経過、それぞれ皆さん違いがある。その人なりのドラマ・歩みがあるはず。皆が自分を「希望の星」と思えばいい。そして告知されたばかりの人は「期待の新人」だ。それこそ「がんでもええじゃん」というスローガンが生きてくる。
 そうはいっても、私はRFLで過去二回ともルミナリエステージで発表の機会をいただいた。新聞・がんサポート・患者会機関誌で取り上げていただいた。注目度はあるのだろう。何故なのか。「腹膜播種したスキルス胃がん」ということが影響していると思う。年配の人には人気司会者逸見正孝氏の壮絶な闘病、そして死のイメージが強いからか。
 そして五年生存率が十%を少し超えるという低さにもかかわらず、フルマラソン完走、府中地域がん患者交流会にかかわっていることが、前向きと評価されるのだろう。ただ、こうした活動は私一人でできるものではない。周りの人の理解、協力があってこそのものと考える。
 もう一点。私の趣味はエッセイだ。自分の考えをまとめようとするとき、何か活動を行い、記憶にとどめたいとき、エッセイとして記している。エッセイは私の友人知人を通し、少しずつ読者が増えている。私の思いが伝わっている。
 ただ、賛同者ばかりではない。「新聞で取り上げられる活動をしなくても、おとなしく平凡に生きたほうが結果として長生きができるのでは」とアドバイスしてくださる人がいる。私としては張り合いのある生活が大切であり、趣味の範囲での活動、負担にならず楽しめる活動をと思って行動しているつもりだが。
 「希望の星」に関して、私自身は意識することなく「あるがまま、なすがまま」を心掛けよう。ただ、今回のように何かあったときに「希望の星」あるいは「皿海と知り合いだということ、自慢です」と声をかけられるのは悪い気はしない。励みになる。
 「びんご生と死を考える会」よりはがきが届く。五月の例会終了後、総会を行うので総会議長を引き受けてほしいという内容。五月中はおとなしくして過ごそうかと思っていたが、こちらも私になにがしかの期待をしていると感じさせる。こうしたことを張り合いとして生きてゆくよう考えてみたい。