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postheadericon 私のバレンタインデイ(2018年02月21日)

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   私のバレンタインデイ(2018年02月21日)  皿海 英幸

 「皆さん、二月になりましたね。私十四日バレンタインディにチョコレートは必要ありません。糖尿病の治療中なのですが、最近血糖値が高いのです。これ以上上げるわけにはいきません。それに妻一人で十分満足しています。私に贈らないでください」職場の「終わりの会」で利用者、職員に伝えさせてもらった。

 昨年も同じことを発言させてもらったが、いくらか届いた。そこでより徹底させたいと思っての発言だ。数日後、新聞紙上に「義理チョコはやめよう」といった内容の記事が掲載され、意を強くした。

 同僚Sさんには個人的に「先日貴女が研修を受けた内容を教えてくれた。それをもとに私がエッセイを記し、『ペットボトルをどうするの』として発表した。こうした行為の方がチョコレートよりよほどうれしいし、二人の仲が近くなるのを感じます。そうそう、二年前だったかな、ちょうどバレンタインに発達障害の映画を見に行ったことがありますねあれは良かった。チョコのプレゼントより、研修について話し合える日になればいいな」

 「そんなことありましたね。あの映画は良かったですよね。言われていることわかります」Sさんに真意を誠実に伝え、ほっとするのだが、同時に「これでSさんにチョコをもらわなくてもショックは少ない」と思う気持ちが心の片隅にあるような気がし、複雑な思い。

 Sさんは、職員に饅頭を配りながら「皿海さんは今月血糖値が高いと言っていらっしゃいましたね」といい、私だけ饅頭を配るのをやめていた人。信頼関係ありだよ。

 家に帰ると妻にも「今年はチョコレートいらないからね」という。「わかった。今年はいいのね。」という返事。

 ただ、チョコがほしいというわけではないのだが、「神戸バレンタイン・ラブラン」参加賞だが女性がチョコレートで男性がランの花一輪というのは釈然としない。会場でいい人を見つけてプレゼント交換なんて私にできるわけがない。仕方なく自宅に持ち帰るのだが、他の荷物に押され、芯が折れるのではという心配。私は芯の強い女性が好き。

 さて当日。「皿海さんだけあげないというわけにはいかないし」と言いながら女子職員が私の机にチョコを置く。「別に気にしなくても。私の発言を素直に聴いて下さい。何もしないことが最大の愛情表現」といってもいったん出したものを引っ込めたりはしない。帰り際には複数のチョコが机上に。これらは明らかに義理チョコ。中にSさんのもあるのはショック。彼女でさえ私の真意を受け止めてもらえないのならほかの職員はしょうがないか。それに不在の時に置いて行かれたものを後で返すのはかなり勇気がいる。受け入れざるを得ない。(内心Sさんにもらえてホッとする気持ちあり)男心は複雑だ。

 子どもの貧困・子ども食堂がさかんに取り上げられる昨今だけに義理で食糧のやり取りをするという行為はすっきりしない。「やはり、私の気持ちを分かってくれるのは妻だけか」と思いつつ帰宅。

 「えっ!なにこれは」私のノートパソコンの横にチョコ詰め合わせ。例年以上の大きさ。携帯で妻に問い合わせると「そうよ」。お前だけは信じていたのに。

 そのうえ「今日、上下に行ってきたからお土産、明日の補食にしたら」と愛情焼きをプレゼントしてくれた。これはハート形の夫婦饅頭に「愛」という焼き印がある。中身は小豆のあんこたっぷり。「補食に」と言って出してくれたのだから「ありがとう」と言って受け入れなければなるまい。

 血糖値の心配はもちろん多少はあるが、私に取って「愛」といえば「無償の愛」という思いが強い。だから「バレンタインディ」と「ホワイトディ」をセットで考えるような人は論外。でも、「無償の愛だから、相手の出方・反応にかかわらず愛するのが本来の姿」という人もいる。ということは「私に贈らないでください」と主張しても義理チョコを送る人も、愛の対象にするということなのだよな。うーん、愛というのは奥が深いというか難しいな。

 ただ、同僚の中には個人的な関係は極力意識せず、勤務時間内、仕事上だけの付き合いと割り切った方がスムーズにいくケースもあると思う。

 ところで日本におけるバレンタイン発祥は神戸と言われている。「バレンタイン・ラブラン」に参加した私は神戸のお土産にと言って職場の同僚にチョコレート菓子を持ちかえった。これを「逆チョコ」と受け取ることもできなくはない。だとしたら私の方から仕掛けたことになるかもしれない。まあいいや、チョコレートだけに暑くなると溶けて流れると思いしばらくはそっとしておき、忘れてしまおう。ただし、妻のだけは分け合って早く食べたい。

 でもやはり、職場の同僚とは障害に関する研修について、あるいは自己学習について語り合うのが一番好意を感じるのだけどな。