2009メインメニュー

postheadericon シャッターチャンスですよ(2017年10月15日)

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    シャッターチャンスですよ(2017年10月15日)  皿海 英幸

 「なんでそんなに急カーブなの。まっすぐでもいいのに」台風の予想図を見ながら思う。これでは中国地方を直撃し、リレーフォーライフ広島(RFL)の開催が危ぶまれる。他の地域なら被害が出てもよいというわけではないが、半年間の準備をして開催されるがん患者支援のイベントだけに中止はあまりに残念。

 関係者の思いもむなしく、台風の影響で九月十七日~十八日開催予定だったRFLはいったん中止となった。「残念だけど仕方がないかな」と思っていたところ、「十月八日~九日、リベンジしましょう。RFL、集まれる人だけでもいい開催します」という連絡が入り、奮い立った。私はサバイバーズフラッグ作成とルミナリエステージでのスピーチを担当する実行委員として参加することに。

 「昨日から喉がいがらっぽい。風邪のひき始めかもしれないぞ。でも熱はないし気分は良いのだから大丈夫だろう」当日の朝、高速バスで広島へ。バスセンターから市内電車で宇品港へ向かうが結構時間がかかる。

 「えっ! どこから入るのだろう」会場は広島特別支援学校体育館だが、メールで送られる資料をよく読んでいなかったので入口がわからない。結局校舎をほぼ一周して屋内に入ることができた。

 「皿海さんおはようございます」複数の実行委員に声をかけられる。「お父さん、残念でしたね」ありがたいことだ。メールでの反応は特になかったが、実行委員の方はちゃんと私のエッセイを読んでいてくださり、父への悔やみを述べてくださる。

 さて、フラッグ用の生地が届いたので、サバイバーズフラッグ作成に取り掛かる。これは使い捨ての手袋を着用し、ペインティングを付け生地に手形を押し、署名やメッセージを記すというもの。二枚分用意してあるが、一枚は開会式までに用意し、開会式後の一斉行進で使用。「がんサバイバーの方、シップ作成に協力お願いします」と会場を回り、声をかけるが、皆さん自分の持ち場の準備に忙しいらしく、なかなかフラッグのコーナーに来ていただけない。

 順延されただけに、実行委員以外のサバイバーがどれだけ来られるかわからない。早く作成しなくちゃあと気をもんだが、ぎりぎりの時間、一枚が完成。

さて、十三時定刻に開会式。開会式終了後は第一回目の一斉行進。いつものように実行委員長と私はサバイバーズフラッグを持ち、先頭を歩く。実行委員会に参加せず、いいとこ取りをしているようで申し訳ないが、手を振り、胸をはって歩く。

ピアノ弾き語り、笑いヨガ、マジックショー、と楽しんだ後は講演「がんに対するハイパーサーミア・電磁波温熱療法」温熱療法の効果なら、すばるクリニック伊丹先生に聞いたことがあるので親しみを持って聴く。

さて、いよいよルミナリエセレモニーが始まった。「皿海さんはRFL広島では第一回から連続してスピーチしていますね。まさにこの大会に欠かせない存在です」という浜中実行委員長の紹介で始まった。ありがたいことだが同時に話し下手な私、代わり映えのない内容しか話さない私がよく連続して声をかけていただいたなと感じる。

いつものように私のがん体験、フルマラソン出場の話をする。がんの治療中、つらい思いをしながら参加されている方もあるだろうと思うと、一人ぐらいは淡々と能天気なスピーチをする者がいた方がいいのかなと思いながらのスピーチ。

スピーチを終え、会場に一礼すると「皿海さん、後ろを向いて下さい」と委員長。後ろ向きになると「今年も『スキルス胃がんに負けないぞ』のゼッケン着用で参加されています。皆さん、ここはシャッターチャンスですよ」と呼び掛けられる。会場のあちこちでシャッターの音。確かにシャッターチャンスかもしれない。術後十一年を超えたのだから、来年は「スキルス胃がんを乗り越えて」と記したゼッケンに変えようかと思っている。「スキルス胃がんに負けないぞ」は今回で見納めだ。

だけど私だって後ろ姿だけではなく、前を向いた姿で勝負したいときもあるのですよ。顔だってそんなにまずいわけではないし、今日は何より、胃を全摘している私が胃のイラストを画いたTシャツ(希望の会作成)着用で参加しているのですよ。

顔に関しては「勝負したい」と言っているだけで「勝ちたい」と言っているわけではありません。

四人がスピーチを終わると「突然振って申し訳ないですが、会場の皆様にアドバイスをお願いします」と実行委員長。「えっ!」と思ったが、看護学生に講演した時のことを思い出しながらスピーチ開始。「どんな状況になろうとも、絶対に諦めない。諦めるより明らめる。明らめるには物事の本質を明らかにするという意味があります。本質が明らかになれば対策も立てられるのでは。そして、デーケンさんの言葉だと思いますが『苦しいときこそユーモアを忘れない』ということも大切です。

ルミナリエセレモニーが終了する。「お疲れさま。スピーチした人はフラッグを持ち、これから始まる一斉行進の先頭を歩きます」と他の三人に声をかける。連続出場の私は次の段取りがわかる。それにしてもスピーチをした四名の内男性は私だけ。がんに関するイベントではなぜか女性の頑張りが目につく。

委員長も加わり、堂々の行進。行進する人たちに向かって会場から一斉にフラッシュ撮影。知り合いを見かけると大きく手を振る。気持ちも高まる。コースを二周すると休憩に。

「皿海さんが最初にスピーチすると後の者はやりにくいな。いいスピーチだから見劣りする」二番目にスピーチした人がつぶやく。いえいえ、インターネットの動画で過去のスピーチを確認したことがあるが、たどたどしい発声で棒読みみたいだし、内容も同じことばかり。会場の雰囲気を確認している余裕も感じられない。ただ、それでも連続してスピーチを依頼されているということは、何かがあるということではあるのだろう。

さて、今朝よりはのどの調子がずいぶんよくなった。おそらく懐かしい人たちと会えたことで免疫力が上がったのであろう。でも、ここが肝心。無理をせず、帰宅して布団の中でゆっくり寝ることとしよう。明日も興味深いステージはあるが、ホームページ等で確認させてもらうことにしよう。

実行委員長に挨拶し、支援学校を出ると夜景を楽しみながら宇品港へと歩く。