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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

     命を感じる一日(2017年2月18日)   皿海英幸

 「広島県南部、平野部でも二月十一日は雪が降るでしょう」という天気予報が出たので心配していた。朝起床するとすぐに外に出て確認。幸い雪は降っていないし、積もってもいない。そこで、予定通り福山市東部市民センターへ。

 今日は「がん治っちゃったよ!全員集合!in福山」開催の日。私は実行委員としての参加。駐車場係なので早めの昼食をいただくと屋外へ。発泡スチロールの板に「駐車場」と書き、チラシを張り付けたものをもって駐車場の案内をする。雪は降っていないが、風が強い。発泡スチロールの案内板が吹き飛ばされそうになるように強く吹くときもあり。吹く風はとても冷たい。

 「あっ、先生こんにちは。よくいらっしゃいました」尾道のH先生を見つけ、挨拶しようと帽子を取る。「今日は寒いから、帽子はそのままで挨拶しましょう。あなたとここで会うなんて思っていなかったけれど、頑張ってね」

 朝、家を出るとき予報と違い雪が降っていなかったので「昼頃には暖かくなるかもしれない」と感じた。そこで、昨夜用意していたベンチコートをやめ、ジャンパーにしたが、やはり寒い。でも、寒さを感じるのも生きていればこそ。医師の余命宣告通りに亡くなっていれば、寒さや辛さといったものも感じることはない。そう思うとなぜか、寒風も心地よく感じることができた。

 さて、本日の催しは予定通り始まった。インフルエンザで講演を辞退された講師に変わり、ピンチヒッターとして出場の竹本さん。まずはクリスタルボール(水晶でできている)の音色を聴かせていただいた。彼女の発言を記す。

 がんは自分で作ったものだから自分で治したい。人には寿命があり、決まっているのだから、ここまでやってだめなら仕方がないけれど「たぶん大丈夫。きっと大丈夫」と思うことができる生き方をしたい。

次に、杉浦貴之氏のトーク&ライブ。杉浦氏は「余命半年、二年後の生存率〇%」の腎臓がんと告知されてから十七年目のサバイバー。杉浦氏のトークで印象的だったことを記す。

 余命半年と告げられた時、母は「冗談じゃあない。私がきっと守って見せます。元気にします」と医師に告げた。今、生きている現実、命に感謝です。

 私は、体にいいというものは何でもやったので、「これが効いた」というものは何かわからない。ただ、やったことに後悔はしていない。

 手術をし、がんを取り去った。

 仕事をしなくなった。

 親との同居をやめ、宮崎に引っ越した。(自立への試み)
何かを取り入れる前は自分の治癒力を阻んでいると思われることを見直した。自分の命が望むことを選択し、命の危機を感じた時こそ楽しんで生きたい。例えば、入院中は注射のうまい看護師ランキングを作るとか。

 愚痴や不平不満は吐き出すこと。ため込まない。そのため、一人の時は絶叫するのも手だ。

 病気になったとき、病気を治すのが目標だとしんどい。それは通過点であり、プロセス。治った後に何をしたいのか。そこが大切。

 私はホノルルマラソンに出場し、完走したいと思った。そしてゴールで恋人が待っていて、完走後、ハワイで挙式する。そんなイメージをもって入院生活を送った。数年後、それは実現した。夢はあきらめないことがだいじ。
 
 講師の藤井さんには呼吸法の基本を手ほどきしてもらった。

 吐くのも吸うのも鼻呼吸で。

 ちょっとだけいつもよりゆっくりの呼吸を心掛ける。

 少し体を温めていくイメージで。

頭にバターかチーズが載っていて、息を吐くとともに溶けて体の隅々に流れていくイメージを持ちながら体をまっすぐにして呼吸をすると楽な気持ちになる。

 また、春名伸治さんによる講演、織田英嗣氏の司会によるトークセッションあり。

 フィナーレは会場の参加者による決意表明と応援コール。例えば「がんを治し、映画を作る」という発言があれば、みんなで「大丈夫、夢はかなうよ。大丈夫!」と手を突き上げながら応援コールを送る。私だったら何を言うか考える。「明日のバレンタインラブラン、参加賞は男がランの花で女がチョコレート。ぜひ、プレゼント交換するぞ」

「大丈夫!」というよりみんながあきれるかな。

 現実だが、府中に帰り、花をプレゼントすることはできた。夢は半分かなったということだが、意中の人に受け取ってもらい、心地よい気分。私の愛は「無償の愛。」

 それはともかく、命の実感、生きているありがたさを感じることのできる行事だった。