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postheadericon 父帰る(2017年1月7日)

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

     父帰る

 「先生、正月には我が家に帰り、ひ孫と一緒に過ごしたいのですがどうですか」父が十二月の外来受診日に医師に問う。「今は状態が落ち着いているので、おうちの受け入れ態勢ができていれば大丈夫です」と医師。「施設の方と話し合ってみますが、一泊二日なら可能と思います」と私。

 「お父さんは『正月に帰ること』を目標に頑張ってリハビリに取り組んでいます。そばにあなたがついていればお宅の段差は大丈夫でしょう。トイレもポータブルの使用となりますが、必ず一人では使用しない。家族に声掛けを」とショートステイしている施設の職員さん。予定通り、十二月三十一日から一月一日の夕方までということに決定。

 三十一日午前十時過ぎ、妻と迎えに行く。父は十時前から部屋を出たり入ったり。「寒いから部屋にいて。迎えが来たら声をかけるから」と職員さんが言ってもソワソワ。

 家に帰ると玄関からベッドの部屋までは私が抱くようにして支えながら連れていく。ストーブとエアコンで我が家全体を暖かくしている。私は隣の部屋で待機して読書。この正月休みは良い意味で外出せずに寝正月。

 泌尿器科に通院していたことのある父はトイレが近いが、ポータブルなら大丈夫。ズボンの上げ下げも含め、その都度介助。

 食事だが、麺類は大丈夫。ただし、餅は詰まらせる可能性があるのでダメ。そこでぶりの刺身を肴にお酒を盃二杯。年越しそばを食べる。もっと味わいながらゆっくり食べて。

 「ドスン」夜中、隣の部屋で大きな音がする。すぐにいくとポータブルトイレの横で父が尻もち。「夜中に何回もお前を起こすのが心苦しいので一人しよう思った」ちょっと待ってよ。必ずしもみんな、父が我が家で過ごすことを歓迎しているのではない。「何かあってもいけないので施設で正月を」という声もある。だけど父の思いを汲み帰ったのだから約束は守ってほしい。それに正月休みに入った夜中。何かあったからと言って救急車でも見てくれる病院を探すのが大変だろう。

 今回、無事に過ぎれば、またちょくちょく家に帰ることも考えるのだが。

 心配だからではあるが、きつい調子で父に注意しすぎたかな。父は「七カ月ぶりの我が家、家族とともに正月を迎えられた」と喜んでいたけれど。