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postheadericon 青太マラソン(2016年12月18日)

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    「青太マラソン」十キロの部完走(2016年12月18日)   皿海英幸

 「父さん、申し訳ないけれど、今年はフルマラソン出場を中止して、できるだけ家にいるようにしてくれるとありがたいのだけど」妻が言ったのは五月ごろだったかと思う。当時、父の状態が思わしくなく、手がかかっていた。転倒したら起こすことが私でないとできなかった。妻の申し出を受け入れ、十キロの部に申し込むこととした。フルなら、二泊三日の外出だが、十キロだと一泊二日。それに日常の練習量も違う。

 十二月十日、JR高木駅を八時過ぎに出発。宮崎には十五時過ぎ到着。車中が長いので「ぼくたちに翼があったころ タミ・シェム=トヴ」を読みながら行く。

 小倉駅で新幹線から特急ソニックに乗り換える。ここはスイッチバックなので、座席を回転させようとすると「進行方向はあちらですよ」と前の席の方が声をかける。まあいいか、電車が動き始めると私の行動を理解してもらえるだろう。「ごめんなさい。間違っていました」電車が発車すると先ほどの方が声をかける。進行方向はこの駅から変わる。五年通い続けると九州の人より詳しくなるのかな。

 大分駅で特急日輪に乗り換える。十二時を過ぎたあたりで妻手作りの弁当を開く。「えっ!」弁当の内容がいつもよりいいぞ。「使い捨て容器に簡単な弁当を」と言っているから例年だとシンプルな内容だけど、今年は十周年記念を意識した弁当なのかな。せっかくだからデジカメで写す。帰ったらフェイスブックに載せようかな。

 私に取り、十二月「青太マラソン」出場はこの一年を健康でそして誠実に生きてきたごほうび。車中も十分楽しんでいる。

 予定通り、宮崎駅に到着。今回のホテルは宮崎第一ホテル。例年フルマラソンのコース沿いにあるホテルの中から選んでいるが、今年は十キロ出場なので、こだわらなくてもよかったかも。

 ホテルへリュックを置くとお土産を買いに行く。職場への土産以外は適当に見繕って発送手続きをしたが、個数が足りるかな。たくさん買ったので福引券をもらう。「うーん、お米が当たったらどうしよう。明日、会場まで担いでいくわけにいかないぞ。辞退かな」幸いはずれで飴一つもらう。

帰り道、宮崎名物チキン南蛮入りの弁当を購入。胃を全摘以来、外食に不安のある私は旅先では弁当を買ってホテルの自室で食べるようにしている。

 いよいよ当日。五時に起床。お茶をゆっくり飲み、荷物の整理。五時四十五分からバイキング形式の朝食をとる。大会本部を通して予約したホテルなので、本部が用意した「がんばろうバス」で会場宮崎県総合運動公園へ。

 会場へ着くとまずは散歩して雰囲気になれる。同時にこうすることで徐々に気合が入る。例年のことだが、「ピンクリボン宮崎」のブースに寄る。「グッズ、どれでも五百円で販売しています。ご協力よろしく」と声をかけられ、ピンクリボン宮崎のマーク入り手提げ袋を買う。おまけにピンクリボン宮崎マーク入りのリストバンド(ショッキングピンク)をいただく。よし、これを着用して走れば、アンダンテ・のぞみの会の皆さんに応援してもらっているという気で走れるぞ。

 Tシャツの背中にがん関係の知人にサインをしていただいた十周年記念応援Tシャツ着用。

 宮崎出身、柔道の井上康生氏の声援を受け、いよいよ九時三十分スタート。運動公園を出るとトロピカルロード(青島海岸)を走るコース。

 沿道には高校生ボランティアが身を乗り出すようにして応援してくれる。女子高生たちは片手を上げ、ハイタッチを求めている。フルの部出場の時はこれに応じていたら体力が消耗するのではと思っていたが、今回は十キロ、大丈夫、ハイタッチを楽しむ。でも、彼女たちは素手、私は手袋、失礼だったかな。

 トロピカルロードに出たあたりでゲストランナーの君原健二さんを発見。君原さんと言えば途中棄権がないランナーとして有名。苦しくなった時は「次の交差点までは」「次の給水所までは」と小刻みに目標を立てながら走っておられたと聞く。まさに生きがい療法を地で行く人。しばらく一緒に走らせていただく。そして追い抜き、トロピカルロードへ。太平洋がとてもきれい。持参したデジカメで景色を映しながら走る。今回、前半は写真を撮りながら楽しんで走り、後半はマジで走るという作戦。

 フルの部で出場した時は、足がつって歩きながらゴールを目指したロードも今日は快調。

 「ゴールまで一キロ」という表示があるとついついペースを上げる。うん、今日は苦しくないぞ。気持ちいい範囲でのスパート。

 楽しんで走り、気持ちよくゴール。肩にスポーツタオルをかけてもらい、マンゴー風味メロンパンと水を完走記念としていただく。このパン、何回見ても原材料目のところにマンゴーという表示が見当たらない。合成添加物でマンゴー味を出しているのかな。

 「えっ!いいのかな「完走証を見るとタイムは五二分五七秒とある。デジカメ片手に楽しんで走ったのに、二月神戸・三月福山の大会より一分短縮されている。そうか、応援Tシャツにサインしてくださった人たち、乳がん患者会の人たちが私の背中を押してくださったと思えばいいのだ。

 着替えをすますとバスで宮崎駅に。フル出場ではないのでちょっぴり物足らなさが残るが、明日は出勤して仕事の予定。できれば早く帰り、休息を取りたい。

 宮崎駅に到着すると、大分行きの特急日輪は十分後に発車の予定。時間は十二時過ぎ。特急は一時間に一本くらいなので、急いで改札を通る。日輪・ソニックは車内販売がないので、昼食に駅弁かなにか買ってからと思っていたが、買う時間がなかった。車内の自販機でホットコーヒーを買い、パンで軽い昼食とする。

 昨年は車内でアドラー心理学の本を読み、途中棄権で傷ついた心を癒したが、今回は本を開いても集中できない。当日すぐ帰るのと翌日の違いか。昭和の歌謡曲をヘッドホンステレオで聞きながらボーと車窓からの景色を眺める。

 「車両に異常を感じたので、現在運転士が調べています。しばらくお待ちください」とアナウンスがあったのは行橋駅の手前。なすすべがないので車内で音楽を聞いてやり過ごす。まさか車中泊にはならないだろうと思うが、今日帰らず、明日職場を休んだら、迷惑かけるだろうなー。二十分くらいの停車で再び小倉駅を目指して出発。

 こういうことがあるから、あまりきちんとした計画は立てなくてもいいのだよね。帰りはすべて自由席の私は少々の停止ならこれもまた思い出と思うことができる。

 小倉駅にソニックが到着し、私は下車。急いで売店へ。「うーん、どっちにしようかな。悩むよな」明太子マヨネーズと明太子入り魚肉ソーセージを見ながら考える。

サツマイモ料理について尋ねたところ、「さつまいもと魚肉のサラダ」を教えてくれたSさん。作ってみると食の細かった母が喜んで食べた。お礼のつもりで一味違ったマヨネーズか魚肉ソーセージ、どちらかをお土産とし、「これでサツマイモサラダを作ったらおいしいかも」と声をかけてみたいのだが。

 「お土産より、土産話を期待しています」というSさんだけにちょっと考える。まあいいか。両方とも買っておき、もう少し悩むことを楽しもう。

 「今、小倉をのぞみで出ました」と妻にメール。「わかりました。夕食は家で食べられるよう準備しておきますね。おそらくそのペースだと七時過ぎには帰られるでしょう」と返事。

 福山駅に到着すると、一人で完走祝いのためにワンカップの日本酒を買う。

 予定通り七時過ぎに帰宅。妻はすでに娘が暮らすアパートに帰っている。冷蔵庫から妻の手作り料理を出し、一人で乾杯。胃を全摘している私はマイペースで食べられるのでこれもまたよし。

 よし、一年のごほうびはここまで。これから年末にかけ、私は師ではないが、走り回って今年やり残していることを整理し、迎春準備に取り掛かろう。

 今年もまた多くの人に元気をいただいた「青太マラソン」だったな。