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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    ルミナリエステージのためのメモ(2016年9月24日)   皿海英幸

 皆さんこんばんは。私、府中市から来た皿海英幸と申します。よろしくお願いします。

 さて、リレーフォーライフが日本で開催され始めて今年で十年目となります。そこで会場には記念誌・記念グッズなども置いてありますので、よろしかったら手に取ってみてください。また、記念グッズはありませんが、私も術後十年を八月末、無事迎えることができました。この記念の年に皆さんとお会いでき、うれしく思っております。

 十年前の一月、「腹膜播種したスキルス胃がん、腹水もあり。手術できる状態ではないので、抗がん剤による治療を優先させよう。抗がん剤が効かなかったら余命三カ月」と告知を受けました。
 抗がん剤が思いのほか効いたので、八月末、開腹手術により、胃・胆のう・脾臓の全摘手術を受けました。だけど、退院時「手術は成功したが、五年生存率は10%余。元気になった人の例はほとんどない」と主治医に告げられました。その際、私は「前例がないのなら、私が前例となるような生き方がしたい。なんとしても五年以上生き延びて、少しでも五年生存率が高くなればいいな」と強く思いました。

 その間、腸閉そく、肺炎など何回か危機がありましたが、五年、そして十年を生き抜くことができました。職場復帰できました。
 フルマラソン42・195キロを五回完走することができました。胃のない私がフルマラソンを完走することで、私自身が変われるのではないか、周りの人に勇気を与えるのではないか。そしてこれこそ「前例がないのなら、私自身が前例となる生き方をしたい」ということではないかと思います。

 低い数字しか告知されなかった私がなぜ十年生き抜くことができたのでしょうか。医学の進歩、主治医との相性などもあるでしょうが、リレーフォーライフとの出会いのなかで多くのサバイバーと知り合った、このことの持つ意味は大きいと思います。

 この中にも、余命宣告・五年生存率を告知された人はいると思います。そのような数字は過去の統計にもとづくものであり、必ずあなたに当てはまるものではないのです。

 リレーフォーライフのシンボルカラー「紫」は夜明けの空を象徴する色とされています。今がどんなに苦しい闇の中であるとしても諦めることなく、夜明けがやってくることを信じて前を向いて歩きましょう。自分らしく歩いてみましょう。