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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    いやな言葉(2016年7月4日)   皿海英幸

 先日のメンバーミーティング、まずは親睦行事について。これは例年通り夏にはボーリングとカラオケがセットになったパックに申し込むことにすんなりと決定した。

 次に、「人に言われて嫌な言葉、発言」が話し合われた。これは事前のアンケートに沿っての話し合い。「身体に関することを言われたくない」というのが多数を占めていたように思う。精神科で処方される薬を飲んでいると、副作用で太りやすくなる薬がある。また、障害からくる生きづらさがストレスとなり、解消の方法が食べることに向く人もいる。いずれにしろ、身体、体形に関することを安易に話題にしない配慮は必要と思う。

 「備後弁丸出しでの注意はこたえる」というのがあった。他の地方の人が備後弁での会話を「喧嘩しているのか」と勘違いしたという話があるくらいで、標準語よりきつく聞こえるということはあるだろう。私は要注意だ。

 「利用者みんなの前で取り上げられてはちょっと」という思いで自制したのかアンケートにはなかったが、普段私が気になっていること二件についても考えてみたい。

 まずはセクハラ発言。当然あってはならないこと。ただ、発言者の意図よりも、聞かされた人がどう受け取ったかが重視されるので、「基準が難しい」と感じる人がいる。

ただ、毎日「朝の会」で「誓い」をみんなで唱和しているが、その中に「相手の立場になって考える」というのがある。この項目を深めていくことにより、セクハラ発言をなくしていけたらと思う。

ただし私自身、先輩女子職員を現す時「お局様」という表現をしていた時期がある点は大いに反省材料。まずは「隗より始めよ」

次に「働かざるもの 食うべからず」これは効率よく作業ができる利用者が、障害ゆえ、はかどらない利用者、休むことが多い利用者に対して発言している。これは叱咤激励の意味を込めて言っているということか、発言者は悪びれた様子もなく明るくはきはきと発言している。このことにより、つらい思いをする人は、明るくはきはきと言われてはたまったものではない。

ところで、「働かざるもの 食うべからず」とは新約聖書の中にある言葉であるという。ロシア革命の際、レーニンがこれを引用し、広まったとされている。

ただし、日本語に翻訳した時に間違いが生じた。本来の意味は「働こうとしないものは、食べることもしてはならない」という意味である。

わかばの利用者は就職希望の人がいる。A型作業所を目指している人がいる。「わかばにずっといたい」という人も「作業を行うことで工賃収入を得たい」という思いを持っている。「働こうとしない」ものは一人もいない。障害ゆえ、効率が思うように上がらない人が歯がゆい思いをしているということはある。だから本来の意味を考えた時、「働かざるもの 食うべからず」は利用者間で使う言葉ではないのだ。このことは、ぜひ近々伝えたい。

「職員の皆さんはどうですか」と司会者が問うた。私は職員Aさんが不在のため「ありません」と答えたが、本当は気になることがある。Aさんは私のことを現す時「職場の上司」と言う。件数はごくわずかだが、とても自然に口から出る。本来は同僚なのだけど、私がAさんに対し、普段上から目線で接していると感じているのか。

ワックス清掃で使用する機械の扱いを習ってもらうときは、危険を避けるため、また早く覚えてもらいたいという気持ちから、強い口調で注意したことはある。でもそれは思いやりからくるもので、上から目線とは違う。「うーん、考え込んでしまいそう」

「あっ、そうか」思い当たる節がある。Aさんが就職されてしばらくしてのこと、Ⅰ理事に挨拶をすると「皿海さんにくっ付くようにしてしっかり勉強しなさい。あの人は細かいことにも気が付く人だから」と言われた。私に対しては「Aさんに仕事のこと、しっかり教え、早く一人前の職員に育ててください」と言われた。

素直で純真な人だけにⅠ理事の言葉が頭の中のどこかに残っており「上司」という感覚でとらえ、発言につながったとしておこう。

私はAさんに気づかされること、学ぶことが多いので、「上司」という言葉は気になるが、「内容が同僚ならいいや」という気持ちで接してみることにしよう。

言葉は受け取る人により、様々な受け取り方があり、難しい点もあるが、まずは「相手の立場に立って考える」を基本において考え行動しよう。