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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    初孫の宮参り (2016年6月10日)   皿海英幸

 「京都につく頃には雨が上がっていればいいのだけど」と思いながら我が家を出る。今日六月五日(日)は初孫Yちゃんの宮参り。Yちゃんは今年四月二十七日に誕生した。二十九日に産婦人科病院で対面している。ほぼ一カ月ぶりに会うのが楽しみ。

 京都府宇治駅(JR)に到着すると霧雨となっていた。「これなら早くやむかもしれない」とあるお宮のお祭りがあるということで駅前は交通規制で渋滞気味。

「宇治神社までお願いします」タクシーに乗り、告げる。橋を渡り、宇治川に沿って上がる。距離にして一キロ余りだが、渋滞でなかなか進まない。集合時間は十一時。腕時計を何回か見つめる。

 時間までに無事到着するが、誰も来ていない。「まあいいか」と思い、境内を散策。ほどなく嫁の両親、主役のYちゃんと息子夫婦がやってくる。「あっ、Yちゃんを抱くときに使う祝い着を車の中に忘れた」というので私が駐車場へ走る。ジョグで鍛えているとはいえ、雨でぬれた石段があり、革靴、細心の注意が必要。

 みんな揃ったところで社務所に声をかける。神主さんとともに会場へ入り準備。「お父さん、赤ちゃんの額に小という字を書いて下さい」京都特有の習慣なのか、女の子には小、男の子には大という字を額に朱色で書く。「難しいなあ、じっとしていない」息子が言うので私がYちゃんの頭に手を添える。強く抑えると泣くだろうからほどほどに。「まっ、いいか」タイミングを見計らって息子が書く。祝い着の紐にお守りやお紐銭(お金に困らないようにとの意味)をぶら下げるなんて、知らなかった。

 「お父さんのお母さんが赤ちゃんを抱き、中央にお座りください」と神主さんに言われ、妻とYちゃんが席につく。その周りにみんなが着席し、式が始まる。神妙な面持ちで臨む。

 式典は滞りなく終了し、会場を出る。会場内は写真撮影禁止なので、境内で記念写真を撮る。病院で撮ったときは目をつむった写真ばかり。その写真をパソコンに取り込み、壁紙にしている。パソコンを立ち上げるたびに微笑んでいる私。爺バカなのでしょうね。

 一カ月ぶりにカメラを向けるYちゃんは目をぱっちり開けており、笑顔が愛くるしい。たくさん撮り、いいのを選び、壁紙を更新しよう。妻がYちゃんを抱いて中央に位置し、両側に両親、あるいは両家の祖父母と言った写真。今にして思えば、退院後一カ月、Yちゃんや嫁さんがお世話になった嫁の母がYちゃんを抱いた写真を撮っておけばよかったという気がする。合間を縫い、宇治神社のお守りを購入。お宮参りをした神社のお守りがあってもいいだろう。あとでYちゃんに上げようという配慮。

 写真をたくさん撮り、息子夫婦の家で昼食をということになった。宇治市はお祭りなので、このあたりの料理屋はどこも予約がかなり前からいっぱい。それにYちゃんや嫁のからだに負担がかからないという意味では自宅に帰り、ささやかだが気を遣わず心温まる食事会をということに。私はささやかで平凡な日常の中にある幸せを探すのが好き。胃を全摘していることも合わせ、老舗の料理屋で懐石料理よりもこういう方が良い。みんなのぬくもりを感じながらの食事、失敗することなくおいしくいただけた。

 この春引っ越したという息子夫婦の新居は小高い丘にある住宅団地の最上部。ゆったりとした坂道はジョギングコースによさそう。

 さて、Yちゃんは妻手作りのベビードレスに着替えて笑顔を振りまいている。またもやシャッターチャンス。何回見ても、何枚とっても飽きない笑顔。

 う~ん、困ったな。宇治市の隣、城陽市の運動公園で行われる「京都てんとう虫マラソン」今年は九月二十五日開催。町内行事と重なったので断念した。昨年のように十一月開催なら大会に参加し、終了後Yちゃんの顔を見に寄ることができたのに。

 まあいいか。他にも何か口実を作って京都へ来るようにしよう。Yちゃんの笑顔、生きる力を与えてくれる。スキルス胃がん、術後十年に満足せず、十五年・二十年を元気で迎えたい。