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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

     年の初めに(2016年1月20日)     皿海英幸  

 「一月はいぬる」というがもう二十日。そうでなくても六十路ともなれば月日がたつのを速く感じる。余命宣告・五年生存率という数字を与えられたが、生かされている私。「大切に、丁寧に生きたい」と思いながらも「あわただしく過ごしているけれどいいのかな」という思いもある。ここらで過ぎ去った過去を振り返りつつ今年の展望・目標といったものを記してみたい。

 十二月に右足のひざ人工関節の手術をした妻。今リハビリ中であり松葉づえでの生活。可能な限り買い物は同行し、荷物持ちをしている。そして衰えを隠し切れない両親。父は三が日以来下痢気味の日が多い。非日常の正月を過ごしたためか、体調を崩し、ずいぶん弱気になっている。母も持病が進み、物忘れが多い。両親は九十歳前後なので「こんな日もあるかな」と受け止めて対応するしかない。

 こうした状況を考えた時、私が家事を積極的に行う必要があるだろう。そして両親が医療機関受診に際しては、可能な限り同行し、家庭での状況を医師に伝えることが必要だろう。

 さて、今年の大きな動きとしては、三月末に妻の定年退職、八月末、私の術後十周年記念がある。そしてやはり十二月、フルマラソン出場は気になるところ。そして通年ではあるが、町内会組長を二十八年度も務めることになっている。

 妻の定年をどう考えるか。公務員なので退職金・年金はあるだろうが、今後の収入減は避けられない。夫婦の老後のためにもお金の使い方はより慎重にならざるを得ない。また、結婚以来共働きだったが、専業主婦となることで心身にどのような影響が出るかも注意が必要。高齢の両親、持病のある娘のことばかり考えての生活ではストレスが高まるであろう。自分の趣味を延ばす、広げることも考えてほしい。以前「趣味は組み紐」と言っていた。生活様式の変化で和服を着る機会は減ったが、再び取り組んでもよいのでは。そうそう、退職に伴い、四月から初めて私の扶養家族となる妻。この状態を長く続かせるため、私は可能な限り働き続けよう。

 八月末、腹膜播種したスキルス胃がんの術後十周年を迎える。告知を受けた時、「今は死ねない、何としても五年以上生き抜きたい」と思った。だけど十年後のことなんて何も考えていなかった。感慨深いものを感じる。

 家族は「一度覚悟を決めた人。思うように生きればいい」と言ってくれる。医療が進化し適切な処置を受けることができたということがあるが、人と人とのつながりの中で、ずいぶん力を得たと思う。感謝の思いを込め、今年はがんに関する行事に積極的に参加したい、活動の幅を広げたいという思いがあった。だけど、家族の現状を考えるとそうともいかない。場合によっては縮小せざるを得ない時期があるかもしれない。そうならないことを願うばかり。

 十二月、フルマラソン。昨年関門にかかっただけにもう一度出場してみたい。「青太マラソン」は三十回記念大会でもある。持久力を養いつつ疲れをためないため、今年は自転車によるトレーニングを取り入れよう。時には自転車で出かけ、そのあたりでジョグというのも楽しいだろう。

 がん治療のため岡大病院に入院する際「同じ職種・同じ待遇で待っています」と言って送り出してもらった。「がん患者の就労は難しい」と言われているだけに心強いものを感じた。術後「早く元気になり、お礼奉公がしたい」と治療のモチベーションを高めてくれた。

 私のがん体験を通して学んだこと・感じた事を積極的に取り入れ、利用者と丁寧に接することができたらと思う。そして昨年秋以降、積極的に清掃作業に取り組む同僚が現れた。これで剥離作業をする体制が整いつつある。今年は適切な時期に剥離を行い、ワックス清掃に積極的に取り組むことができそうだ。

 よし、がんばるぞ。