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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   誰かと共に(2015年10月27日)  皿海英幸

 私は精神障碍者が利用する施設「わかば」の職員です。毎日利用者とともに府中市保健福祉センター(リ・フレ)の清掃を行っています。リ・フレ二階には身体障碍者が利用する施設「オリオリ」があります。

 先日木曜日、リ・フレの清掃をしていたらオリオリの職員に声をかけられました。「皿海さん、最近わかばに入り、清掃を担当している女子職員ですが、清楚で明るいイメージですね。オリオリに彼女のファンが多いのです。彼女とあいさつをかわすのが楽しみということで、月・水・金曜日の利用率向上に貢献してくださっています。ありがとうございます」

 「ありがとうございます。彼女は素直だし、仕事を覚えようと積極的なので私も一緒に清掃をしていて楽しいです」と応える。

 彼女は月・水・金の清掃担当。彼女の人柄の良さが表情・態度ににじみ出てファンを獲得したということか。火・木は他の女子職員が担当している。火・木担当の職員が聞いたらどう思うだろうか。フォローが必要かと一瞬思った。でも、同僚が褒められて悪い気はしないだろう。一緒に喜ぶのが普通だろうな。他の施設の利用者の思いにまでどうこうできないし。むしろ、「私もオリオリの女子職員とあいさつをするのが楽しみです」といえばよかったのかな。

それにしても、本人が知らない間にどこかで縁ができ、誰かのために役立っている。ありがたいことであり、素晴らしいことだと思う。
私も清掃担当なので、「いつもきれいにしてくれてありがとう。すがすがしい気持ちになれます」と知らない人に声をかけていただくことがある。また、がんに関する行事に行くと、「スキルス胃がんの人ですね。元気でいてくれてありがとう。あなたは生きているだけで価値がある」と知らない人に言ってもらうことがある。恥ずかしながら、私も本人が意識していないところで誰かの役に立っているようである。

 ところでがんといえば治療費が高額になることが多い。手術はもちろん、術前術後の抗がん剤治療・・・
「『元気になった人の前例がない』と言われるのならば、いっそ治療を拒否し、早く亡くなるのも一つの選択肢。せめて貯金だけでも家族に残せる」と岡大病院入院中に考えた時期がある。

 ちょっと待った! 「高額だ」と大声で叫んでみたところで私自身が治療費のすべてを支払うわけではない。職場を通して健康保険に入っている。本人以上の額を健康保険加入者の皆さんで支払いを負担してくださっている。顔も名前も知らない人たちの支えにより、私はがんの治療をし、社会復帰を目指している。その人たちのためにも元気になりたい。そして術後九年を生き抜いた。

 以前、テレビで子供たちの利用する施設を取り上げていた。そこの職員が子供たちに行っていた。「大人になったら職に就き、税金を払えるようになりなさい。それも社会貢献です」税金の使い道はいろいろ。福祉のための予算があれば、交通網を整備するための予算もある。どこかで誰か、見知らぬ人のために役立っているであろうことは十分考えられる。

 こうしてみると、意識するしないにかかわらず、誰かを支え、誰かに支えられて生きている。私たちは社会的動物であり、共生社会の中で生きている。人は誰も生きているだけで価値のある存在だと言えるのではないか。