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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    人前で話すということ (2015年8月23日)  皿海英幸

 もうすぐ「生きがい療法活用法~看護学生と共にがん克服体験を学ぶ~」という研修会が開催されます。私は体験発表そしてグループワークに参加予定。そこで、予習として「よくわかる森田療法 森岡洋著」を読み始めました。そこで次のような文章に出会いました。


 ある断酒会の記念大会で、夫の飲酒問題に悩んできた奥さんが約六〇〇人の聴衆を前に体験発表をしました。その奥さんは初めての経験で、五分もしないうちに緊張のあまり、しゃべれなくなりました。彼女は「上がって何もわからなくなりましたので、これで終わらせていただきます」と言って、壇上から降りてしまいました。すると、聴いていた人たちが割れんばかりの拍手で奥さんを送ったのです。(中略)思い通りにやれない自分、不安や緊張に打ち負かされそうな状態にある自分を排除するのではなく、そういう自分とも仲良く付き合っていくことを考えるべきです。


 私は看護学生との研修会だけでなく、患者会・リレーフォーライフ等で発表する機会を与えられることがあります。だけど何回やっても発表直前には緊張でドキドキします。トイレに行きたくなります。

 また、私の職場にボランティアの方がこられた際、交流の最後には利用者がお礼の言葉を言うのですが、「人前であいさつは苦手」という人が多数います。そこでこの本を利用し、学習してみようと思います。

 森田療法には「気分本位」=自分の気分を第一に置き、気分が良ければよかったと思い、悪ければだめだったと判断する。 「事実本位」=目的が達成されたかどうかを重視する。 という言葉があります。仕事については、どんな気分で取り組んだかよりも、間違いないことや期限に間に合うことの方がはるかに重要です。
 先ほどの断酒会の例だと、上がってしまい、話の途中で終わらせたので失敗だととらえるのが気分本位。壇上に上がることができ、たくさんの拍手をいただいた、聴く人に感動を与えることができたことを重視するのが事実本位ではなきかと私は思う。
 気分本位を改めるためにはどうすればいいのでしょうか。

1.仕事や義務を重視すること。
2.判断基準をたくさん持つこと。
3.用が足りればよいという考え方。
4.気分が悪くてもやるべきことはやる。
5・迷うのは当たり前。

そして、できるだけ不安を起こしそうな機会や場所を避けようとすると、余計不安は大きくなります。いくら不安があっても必要なことはやる。やり遂げるという行動が必要です。これを「恐怖突入」と言っています。

 私は最初にがん体験発表を依頼された時は緊張しました。不安を感じました。これは「きちんとした話をしたい」という思いからくるのでは」と感じました。そして「依頼された以上、誠心誠意で話してみよう。結果はその次に」と思いました。これは「恐怖突入」でしょうか。

 「原稿の棒読みみたい」「視線が定まっていない」「間の取り方が悪い」家族の評価は散々でした。「あれだけの体験をしたのだから、もっとしっかり話してほしい」という思いがそうさせるのでしょうか。だけど、会場で拍手をたくさんいただきました。看護学生との研修会、リレーフォーライフ等毎回続けて発表の依頼があります。これは「私の思いが伝わっている、何らかの感動を与えることができた」という評価をいただいたのではと思います。

 さて、八月二五日は看護学生との交流会。例年のように自己紹介で笑いが取れたら落ち着いて話すことができるのではと思っています。そして、昨年参加した看護学生が「皿海さんの生き方を支持します。ぜひ来年も私たちの後輩に皿海さんの体験を聞かせてやってください」と言われたことを思い出すと、勇気が湧いてくるような気がします。