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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   ケータイを不携帯   (2015年8月16日)  皿海英幸

 「しまった。ケータイを忘れてきちゃった。どうしよう。心配してもしょうがないけれど」八月七日、心の病と向き合う人々の映画「ありがとう」上映会場である福山すこやかセンターに到着してから気が付いた。

 以前の私ならケータイを忘れても、あるいは電池切れで持ち歩いていても「しまった」とは思わず、「こんなこともあるよ」と思っていたのだが。その違いは何か。

 今年四月から、私は広谷町内会東観音堂組組長の役をいただいている。予定の行事なら必ずしもケータイは必需品とまで言わない。だけど組長の仕事には町内で葬儀がある場合、組内の葬儀当番に連絡し、連絡網を機能させるというのがある。また組内で葬儀がある場合は町内の各組長に連絡するというのがある。葬儀は予定通りというわけにはいかず、ケータイが必需品といえよう。家の固定電話だと、九十歳の両親が出るので「はい、はい」と返事をしてもうまく私につながらないことがある。

 役の引継ぎ時、前組長が言った。「当日の通夜となると、通夜の時間に間に合うように連絡網が機能するよう、仕事をそっちのけにしてケータイで連絡していた」今回困った事態となったが、葬儀は毎日あるわけではない。今日は連絡がないことを祈るばかり。

 もちろん組長に連絡がつかなかった場合に備え、次の担当者は決めてある。でも果たしてうまく機能するか不安がある。話は今年三月に戻る。

 役員選出の席でのこと。「我が家は高齢者ばかりで役は受けられない」「我が家は手のかかる病人がいるので役はできない」そして「私に役をせよというのなら組も町内会も脱退する」という人も現れる。

 黙って聞いていた私だが、「私でよければ組長をしましょう。皆さん脱退するとは言わないでください」と言って役を受けざるを得なかった。そして次の連絡担当者になられた方に「両親が高齢なので、何かあったときはよろしく。そうでなければ私で対応します」と告げた。「ケータイを忘れ、連絡がつかなかった」では申し訳ない気分。だから遠出するときはケータイと町内の連絡網は必ず持参と心がけているのだが。ついうっかり。

 ただ、ケータイを忘れたのは今回だけではない。七月に親戚で法事があった時も忘れ、ハラハラドキドキしながら、御経をあげていた。その日は何も連絡が入らなかったのでほっとした。今日もそうであってほしい。

 上映会終了後、久しぶりの福山なので、ポートプラザあたりを歩いてみようと思っていたが、中止し、まっすぐ帰る。帰宅後すぐにケータイを見る。着信なし。ほっとする。悪運が強いのかな。

 最近町内でも、家族葬を行い、一切連絡を行わない家も出始めた。人により、考え方にはいろいろだが、「いいよな」と思う面もある。

 東日本大震災以来、「地域のきずなが大切」と盛んに言われている。それを理解しつつ、町内や組内の行事、役を負担に感じる人もたくさんいる。

 実は府中市は少子高齢化が進み、過疎地の指定を受けている。私たちの広谷町では六十歳が「若手」といわれることもあるという状況。

 こうした状況を踏まえ、みんなが負担を感じないような活動内容、役員体制に変えていくことが必要ではないかと思う。みんなが望む活動であれば負担に感じることが少なく、自ら進んでとまではいかなくとも役員をする負担感が減少するのではと思う。前例があるからやめられないという活動を整理すればよい。

 ケータイを忘れておいて、責任転嫁ではないが、長の付く役員でも、ついうっかりはあるし、病気や怪我で活動できない時もある。代役をお願いする人が見つからない時もある。活動内容の見直しは必要と思う。

 ところで、がんの治療中は、「いつ死ぬかわからないから、先の約束は慎重に」と思っていた時期がある。今は「町内行事優先だから」「組内の不幸があったらどうしようか」ということで先の予定に慎重にならざるを得ない。外見は同じようだが、中身は違う。これも順調な回復ゆえの悩みかな。今まで、「皿海は、がんの治療中」ということで免除されていた面もある。できることはしっかりやろう。