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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   そして誰もいなくなっちゃった   (2015年7月12日)  皿海英幸


 「えっ、どうしたのかな?」休憩時間に気分転換のため、近くを散歩しているとEさん宅前にトラックが止まっている。よく見ると引っ越し会社の車であり、家の中から荷物を運び出している。何があったのだろう。

 帰宅の際、前を通ってみると完全に空き家状態。標札も郵便受けもない。やはり引っ越されたのだな。

 Eさんといえば私のエッセイが同人誌「おきゃがりこぼし」に載るようになった際、読者になるよう最初にお願いした人。私のエッセイは「平凡な日常の中でつい忘れそうになるが、本当は大切なこと」を記しているだけに子ども会活動を通して知り合った彼女の人柄がぴったりと思った。

 そして私は国語力があるから・文章表現が巧みだから書くというのではない。伝えたいことがあるから、思いを伝えたいから書いている。顔の見える読者が近くにいるということは心強い限り。

 「ありがとうございます」出来上がったばかりの同人誌を届けると笑顔で受け取ってもらえる。感想を話し合うことはないが、世間話を少し。私にとっては大切な時間。

 だけどしばらくすると福祉の仕事に転職された。早出や夜勤もある。「仕事に差し障ってはいけない」と思い、直接手渡しはせず、郵便受けに入れて帰ることにした。

 このような状態が続くと反応がわからないので少し不安になることがある。年賀状に「いつも『おきゃがりこぼし』、ありがとうございます」と記してあるのを読み、ほっとすると同時に制作意欲が高まる

 そんな彼女は私が手渡しする最後の読者でもあった。一時は十余名の人に手渡していた。だけど転職された人、引っ越された人等手渡しができなくなり、最近は彼女だけになっていた。

 もちろん最近知り合った人にもエッセイを読んでもらうようにしている。「わかりやすく思いの伝わる文章ですね」と言われて喜ぶ。「でも同人誌の配達は大変でしょう。あなたが記したらメールで送ってください」といわれることがほとんど。

 確かにメールだと手軽だし、世の中はインターネットの時代。「ニュースはインターネットでチェックし、新聞は定期購読しない」という人が私の周りにも増えている。「インターネットと紙面は違います。購読してください」と勧誘員は言うが、勧める新聞社がインターネットで発表しているのだから、説得力がちょっとね。

 本に至っては電子書籍も多様になってきている。そしてそちらに力を入れている出版社もあると聞く。

 また、「紙の本はたまるとかさばるので整理が大変」という声があるのも事実。若い人だと調べ物はほとんどインターネット。「エッセイやコラムもインターネットの方が整理しやすい」と言われればそうなのだろうなと思う。利便性は認めよう。

 だけど私は紙にこだわっている部分もある。「無駄なことをして」と子どもに言われるが、原稿は必ず原稿用紙に記している。そして推敲しながらパソコン入力。その後プリントアウトしてチェック。これならと思いメールで送るのだが、変換ミスが多い。やれやれ。

 配る人がいなくなった同人誌、さてどうかかわろうか。甘えるようで申し訳ないが、ほかの人が配っている人の中に、私のエッセイを楽しみにしている人がいると信じたい。突然辞めるのも申し訳ないのでしばらくは掲載させてもらおう。

 インターネットだと「シェア」「いいね」といった反応がわかるけど、直接渡した時の「ありがとう」という笑顔には代えられない。人と人とのぬくもりを感じる。本当はノンバーバルコミュニケーションを大切にしたい。