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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   内視鏡による手術(2015年6月28日)

 「高齢期出産」という言葉はあるが、「高齢期手術」という言葉はないのかな。

 「念のため大腸の検査に行ってください。紹介状を書きましょう」最近便秘・下痢を繰り返す父にかかりつけ医師が言った。そこで府中市民病院に入院し、内視鏡による大腸検査となった(大腸ファイバースコープ)。内視鏡検査が初めての父は、入院案内書や前日に食べる食事の箱を何度も取り出しては読んでいた。落ち着かないらしい。

 四月二十九日入院、翌日検査となった。三十日午後、早退し病院に行く。検査室前で長椅子に座り、読書しながら待つ。途中、看護師が部屋から出て、急ぎ足で立ち去る。「何かあったのかな。予定外の事態になったのかな」ドキッとする。でも、家族に声をかけないのだからたいしたことではないはず。ここは冷静に待つことにしよう。

 父そしてスタッフが出てくる。どうやら無事に終了したらしい。担当医が私に声をかける。「ポリープが四個ありました。これは完全に取ることができました。ただ一か所、ポリープのように突起していない平べったくて張り付くような異物がありました。これがどういうものかは調べさせてください。専門の先生にも診てもらいます。結果は次回受診日に説明します」というもの。

 それからほぼ一か月後、父の外来受診に同行する。「平べったい異物は一部がん化しています。市民病院の医師はこういう状態のがんを取ったことがないのですが、広大の医師が『私がとりましょう』と言っています。どうされますか」「先生、とってください」「広大の医師が市民病院へ来たときに手術となりますが、いつ頃がいいですか」「早い方がいいです」結果として六月九日朝入院、午後手術となった。

 父とすれば「悪いものは少しでも早く手術し、取り除いてほしい」ということ。家族での話し合い、セカンドオピニオンの機会もなく、本人の強い希望で手術日まで決まってしまった。「歳を取るとだんだん枯れていく」というのはうそなのかな。いくつになっても生きる意欲は強い。それでいいのだろうが。

 ただ、手術の場所が肛門に近いので人工肛門の可能性があるのではと思ったが、「内視鏡で取ることができればその心配はない」ということだった。「内視鏡の手術ということで本人の意思を尊重しますが、開腹手術を追加ということがあれば、九十歳という年齢のこともあるので慎重に考えさせて下さい」と伝える。

 六月九日入院。午後一時半、検査室へ。部屋の前の長いすに座って待つ。医師によるインフォームドコンセントを思い出す。手術の内容と同時に危険性の説明。そして「高齢なのでほかにも危険性はあります」医師として、最悪の場合を説明しておくというのはわかるが、それでも「手術しよう」とお互い同意したのだから「私にお任せ下さい」等患者・家族を安心させる言葉で締めくくってほしかった。今回は娘も来てくれたので、少し気が楽。

 一時間半くらいだっただろうか、父とスタッフが出てきた。担当医は私に切り取ったがんを見せながら説明された。

 その日「ホッ」として帰宅。いつもよりすこしはやめに床につく。二十四時を少し過ぎたころ、まさに真夜中に電話が鳴り響く。「何事か」と思い電話を取る。「市民病院です。お父さんが点滴を抜き『帰る』と言っています。夜は人手が少なく対応が難しいのですが、泊りに来ていただけますか」「わかりました。すぐ行きます」

 「高齢者が入院すると一時的にだが、認知症が進むことがあり、できるだけ家族が一緒にいた方がいい」と以前聞いていたので早速病院へ。ただ、二~三日ならいいが、それ以上だと仕事のこともあり、ちょっときつい。

 心配していたが、夜の泊りは一日だけで済んだ。ただし、認知症の症状が出ないよう、仕事を終えた夕方は毎日病院へ行き、しっかり父の話し相手をするようにした。その後はスタッフの配慮もあり、一週間で退院することができた。現在、我が家の中を歩きながらリハビリに努めている。百歳まで生きることを目指して。