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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   パーソナル・ソングがありますか
 「乗り掛かった船」とでも表現しようか。四月八日、認知症をテーマとする映画「妻の病」をシネマ尾道に観に行く。会場の一角に同じく認知症をテーマとする映画「パーソナル・ソング」のチラシが置いてある。「音楽がアルツハイマー病を劇的に改善!」という文字が目に入る。「妻の病」が感動的だったからか「よし、この際両方の映画を見て、認知症について学習しよう」と思った。
 四月十二日、十時からの上映に合わせて映画館へ。八日とは違い、客が多い。休日ということもあるだろうが、高齢化社会に伴い、認知症への関心は高まっていると言えるのでは。
 「え~本当なの?やらせじゃあないよね」上映が始まるとそんな気分になった。
 「子どものころ、どうだった?」と問うと「全く思い出せない」と答える。そんな彼女に「聖者の行進」をヘッドホンで聴かせると表情が生き生きと。そして子どもの頃、また学生時代の思い出を語り始める。
 自分の名前も娘の名前も覚えていない彼にゴスペル曲を聞かせるとリズムに合わせて歌を歌う。曲が終わると思い出を語り始める。「音楽によりたくさんの愛と夢を感じる」と興奮気味に語る。こんな場面の連続だ。認知症の人に音楽はとても有効だ。私の両親にも試してみようかと思わせる。
 聞いていた曲はそれぞれの人に取って思い入れのある曲「パーソナル・ソング」であり、アイパッド(音楽プレイヤー)とつながったヘッドホンで聞く。「左右の聴神経に、思い出が凝集した音楽刺激を突然加えられたことが、音楽のみならず、かつての熱い思いをフラッシュバックのように思い出させ、その感動が瞬時に脳に伝えられ、それが発火剤となって日常決して起こり得ないことを引き起こすきっかけとなった」(医学博士村井靖児氏)という考え方あり。
 老人会あるいは障害者施設で音楽療法を取り入れているところはある。童謡など懐かしい曲をみんなで歌ったり、楽器で演奏したり。だけど個々人のパーソナル・ソングをヘッドホンで聞いてもらうという試みには初めて接した。音量さえ間違いなければ副作用がないので各方面でやってみる価値があると思う。
 ただし、音楽療法は医療行為としては認められていない。老いを研究する学者であり、医師であるビル・トーマス氏は次のように語る。「現状の健康保険のシステムは、人間をまるで複雑な機械のように扱っている。ダイヤルを調節するように患者をコントロールできる薬は持っているのに、患者の心と魂に働き掛けることは一切ない」「ほとんど効かない薬を開発する費用に比べれば、アメリカ中の老人ホームにいる患者にそれぞれのお気に入りである『パーソナル・ソング』を届ける方がよほど効果的だろう」
 日本において「ホリスティック医学」に取り組んでいる医師は心のありようを大切にし、多くの療法に通じていると理解しているが、どうも少数派のようである。ビル・トーマス氏の指摘しているのが現状であろう。
 さて、私のパーソナル・ソングは何だろう。子どもの頃は橋・舟木・西郷と御三家の時代。私は橋幸夫と吉永小百合のデュエット曲「いつでも夢を」が好きだった。学生時代はグループサウンズそしてフォークソングの時代。岡林信康の歌が好き。そして社会人になったころはカラオケがはやり始めていた。歌う時は渡哲也「アジサイの雨」飲みながら聴くのならピンカラトリオの「女の道」のように泥臭く歌う演歌。現在ロードレースの前に聞くのは「祝い酒」「暴れ太鼓」といった坂本冬美の男歌が景気づけに良い。
 こうして記していると、私の趣味には統一性がないように思える。私にとってパーソナル・ソングは何だ。うーん、演歌なら何でもいいということにしようか。
  参考図書   パンフ  パーソナル・ソング