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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

  穏やかに接したい
 「母の物忘れ、私が以前来た時より進んだように思う。今は治療法もあるそうだから受診してみたら」東京から両親の様子を見に来た姉が言った。毎日見慣れている私では気づかない所も見えるということがあるだろう。「そうだなあ、近いうちに休みを取って、連れて行こうか」と私。高齢化社会となった現在、もはや認知症は特別な病気ではない。市町村においても啓発活動を行っている。早めの受診は意義があると考える。もっとも母は今回が初受診ではない。進行を緩やかにする薬はすでに処方されている。
 先日、精神科のある病院へ二人で行く。名前を呼ばれ、診察室へ入る。「どうされましたか」医師が穏やかな口調でたずねる。「前回来た時より物忘れが進んでいます。今の薬でいいのか、違う薬に変えたほうがよいのか相談にきました」
 医師は落ち着いた口調で語り始めた。「残念ながら、物忘れを改善する薬はありません。また、進行を止める薬もありません。ただし進行をできるだけ緩やかにする薬はあります。それが今飲んでもらっている薬です。九十歳近いあなたの年齢を考えると、二年前より物忘れが進行するのは当たり前のことなのです」
 続けて医師が言った。「あなたは物忘れの進行を心配しています。それは『周りの人に迷惑をかけてはいけない。子どもの負担になってはいけない』というあなたの思いやりであり、優しさの表れでしょう。私は優しい人が好きです。
 『腹が据わったどっしりとした人』といえば立派な人のように思えます。見方を変えれば自分中心で周りのこまごまとしたことに気を使わない人という一面があります。人は見方により、だれにでもよい面、悪い面があるように思います。あなたは自分の良い面を評価してもよいのでは。九十歳近くになっても自分で食事ができ、トイレも一人で行ける。生活の基本的な部分は自分でできている。子どもさんも育て上げた。よくやっているじゃあありませんか。あなたも周りの人もよい面に目を向けて接すれば、生活に困る症状はそんなにないのではありませんか」
 来院時は不安そうだった母の表情が落ち着きを取り戻し、穏やかになっていった。「すぐにかっとなる人には感情を抑える成分を含んだ認知症の薬、夜間徘徊する人には眠る事で行動を制限する薬等も考えられますが、穏やかに話しているあなたには必要ないでしょう。今の薬でよいと思います」
 「分かりました。ただ、薬の量を調整するというのは可能でしょうか」と私。「それは可能ですよ。かかりつけの先生に『精神科の医師に相談しました』と告げ、少し増やすようお願いしてください」
 帰りの車中、「気が楽になった。受診してよかった」と母。月末のいそがしい時に休みを取り職場には迷惑をかけたが、来てよかった。
ところで、私に反省しなければならないことがある。
仕事を終え、帰宅すると母が台所で縫物をしていることがしばしばある。食卓の上には裁縫道具や古着が散乱している。先日忙しくしていたのでつい言ってしまった。「時計を見たら、食事の準備をするころだとわかるだろう。片づけて待っていてくれればよかったのに」ここまではいいとしよう。後は余計だ。
 「自分の歳を考えてみたら。破れたものは捨てて、新しいものを出して着たらいい。新しいものがなくなったら買ってあげる」
 母はさみしそうに言った。「年を取り、体力は衰え物忘れもある。他のことはできないけど、裁縫だけはできると思ってやっているのだけど・・」
 母に悪いことを言ってしまった。「これだけはできる」と思っているものを取り上げたら、生きる気力を失うことにつながる可能性がある。「夕食の時間くらい、少々遅れたからどうだというのだ」と心に余裕をもって母に接したい。