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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    すべったらごめん
 帰宅すると、妻と娘が談笑している。「楽しそうだね」と声をかける。「父さんが登場する滑らない話を出し合っていたの。じゃあ私の推す話からね」と妻。
 「父さん、ドライバーを取ってきてよ」と妻。「いいよ。十字かな」と私。「いいえ、まだ九時半よ」
 私が「プラスのドライバーかな」と聞けばよかったのでしょうか。
 次は娘の推す話です。
 娘がまだ小学生のころでしょうか。私が娘を連れてユーホー(ホームセンター)へ買い物に行きました。「バルサ材がありますか?」と店員に聞きました。店員が答えました。「バルサンなら薬局へ行った方がよろしいかと思います」
 どうも私は若いころから発音が悪いようですね。
 お互いの話を披露した後、私に言いました。「父さんなら、滑らない話、いっぱいあるでしょう。一つ話してよ」「よし、岡大病院入院中の話だよ」
 胃の全摘手術、食事指導も終了し、退院の日が決まりました。妻が私の担当看護師に言いました。「退院の日は、皆で記念写真を取りましょう。髪をちゃんとセットし、お化粧もきれいにして来てよね」
 妻が部屋を出たとき、看護師に言いました。「ごめんね。妻が失礼なことを言って。今のままでも、十分きれいだよ」看護師はしゃがんだまま。しばらくの関、沈黙が流れました。
 「うーん。私、どう反応していいかわからない」と看護師。「やったー」
 この看護師には、ずいぶんお世話になったけれど、いたずらをしあっていたような気がします。
 「落ちがもうちょっとといった気がする。看護師さんとの話なら、私ならこれね」と言い妻が話し始める。
 胃の手術後、順調に回復していると思っていた。ところが腸閉そくとなり、おまけに血糖値は五百。今まで体験したことのない吐き気と腹痛で一昼夜のた打ち回りました。「お願いです。睡眠薬で眠らせてください」と医師に懇願するが「誤嚥性肺炎を起こす可能性があります」と断られ、絶望的な気持ちに。
 「いっそ、四階の病室の窓から飛び降りたら楽になるかも」と考えましたが、家族の支えもあり、耐えることができました。
 翌朝、やっと落ち着くというか、ずいぶん楽になりました。病室にやってきた担当看護師に昨日のことを話し「一時は窓から飛び降りようかと思いました」と告げました。看護師は患者に寄りそうよう気持ちで看護をされるのだから、「大変でしたね」あるいは「よく頑張りました」という返事があるかと思いましたが、違いました。
 「窓から飛び降りたいと思った時は、担当看護師の許可を得てからにしてよ」唖然としました。しばらくして笑いをこらえられなくなりました。
 今にして思えばこの時がチャンスだったのかもしれません。「だったら個人のケータイ番号教えてください」というのは。
 寒さにまだ慣れていない今の時期、辛い思いで過ごす日もありますよね。そんなとき、我が家のように家族で滑ってもいいから「滑らない話」を出し合って楽しんで過ごすのはいかがでしょうか。少しは心が温かくなりますよ。そして文章にするよりも、話し合うほうが、声質・表情等非言語的コミュニケーションも加わるのでより一層楽しいです。