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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    誰かのために生きる
 「名前、なんと読むのですか」鎌田實氏に声をかけられた。「さらがいといいます」鎌田氏の著書を購入すれば、サインしてもらえる。そこで本を購入し、メモ用紙に私の名前を書き、提出した際の出来事。どうやら私の名前は初対面の人とのコミュニケーションのきっかけとなるようだ。
 サイン入りの本を持ち、会場へ入る。今日十月二十五日は「びんご生と死を考える会」主催「命の仕舞を考える講演会」講師は鎌田實諏訪中央病院名誉院長。それでは講演の中で印象に残った部分を記してみたい。
 
 今日は命を考える上で何かヒントになればと思って講演します。
 一%でいい、誰かのために生きることを考えることは大切。皆が一%生き方を変えれば、ぼくたちの社会も変わっていく。世界だって変えられるはず。
 講演で会津若松に行った時のこと。「娘が読んでいた『がんばらない』の本にサインをしてください。娘の仏壇に手向けたい」という母親がきた。娘はリンパ性白血病を患い、十七歳で亡くなった。
 娘は無くなる九か月前、「私が死んだら両親に渡してほしい」と大親友に手紙を預けていた。両親が自分の死を悲しみ、苦しむかと考えて記した手紙。
 「お父さん、お母さん、今日まで育ててくれてありがとう。(中略)お父さんと母さんに愛してもらい続けた娘より」
 優しさや温かさは、循環される。十七歳の女の子から大切なことを教えられた。どんなに厳しい状況になっても、諦めず、投げ出さず、負けない生き方があることを。
 「死ぬ時は鎌田の病院で」と入院する人がいる。でも、理学療法・作業療法を受け、自分でトイレに行けるようになるとうれしくなる。トイレに行けたら庭を歩いてみたい。買い物に行き、自分が選んでおいしいものを買いたいと思う。
 最後の仕舞も自分で仕舞を決めることがうれしい。入院患者に「無理するな」というと「余計なことを言わないで。自分がしたいから、しているの」と言われる。自己決定は大切。
「家に帰りたい」というおばあちゃん。厳しい状況だけど自己決定は大切だと思い、許可する。帰宅すると家族や親せき大勢で出迎え。おばあちゃんの指揮のもと、皆で梅をつける。梅干しがおいしく出来上がったころ、おばあちゃんは無くなっており、自分が食べられないことは分かっている。だけど、子どもや孫たちが食べることができる。「お世話になった近所の人にも配りなさい」と家族に伝えている。自分のことだけを考えていない。
 人には情がある。人には誰かのために行きたいという思いがあるはず。百%生きた人はもう一%を考える。病院は「もういい」「してあげられることはない」と言っても家族は「もう一%何かを、なにができるか」と考える。人はみんな弱くてさみしがりや。だからこそお互いを大事にしたい。そのことがあるから一%、人のためになることをしたらよい。
 自己決定は自分流でいい。鎌田は葬式についても考えている。お経は時間をかけるより五分でいい。葬式の料理はどこも似たようなものだから、それはやめたい。カレー・焼き肉・すし、自分の行きつけの店の主人に来てもらい、出来立てを会葬者にふるまってもらいたい。和尚さまに話したら、「分かりました。境内を屋台村にしましょう」と言って下さった。
 人類の祖先はアフリカのサバンナで誕生した。移動を始めたが、ほとんどはユーラシア大陸内で落ち着いた。ちょっと変わった人が日本列島まで移動。私たちの祖先は変わった人、おかしい人であり、「おかしい」は大切。坂本龍馬は発達障害がある。著名な人の多くはある種の障害がある人が多数見受けられる。違いを認め合おう。
 人の役に立っていることはうれしいこと。皆誰かの役に立ってみたいと思っている。一%でいいから始めよう。
 心に響くような講演だった。鎌田氏の一%の理論についてもっと知りたい人、鎌田實著「一%の力(河出書房社刊)」をお勧めします。