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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   気長に待とうかな
 やはり病院へ行ってみよう。痛みが軽くなっているとは思えない。十日くらい前、腰からお尻にかけて片側だけだが痛みを感じた。時に太ももの辺りまでのこともある。たとえるなら、部分的にギックリ腰になったとでもいうのだろうか。だけど、これが原因と思いつくものがない。片側だけなので、仕事や家事は素知らぬ顔でこなしている。
 お茶・パン・本を用意し、市内N医院へ十月十一日に行く。八時四十分受付。ここは混むので有名だが、予想通りというかすでに待合室はいっぱい。準備万端だからイライラせず、読書を楽しもう。
 「皿海さん、中でお待ち下さい」十一時を少し過ぎている。いよいよ受診。院長に事情を話すと「よし、レントゲンを撮ってみよう」
 レントゲン室に移動し、腰のあたりを正面、そして横向きで撮影。待合室でしばらく待つのだが、久しぶりにドキドキ。「痛むところが時々移動するのに、レントゲンでわかるかな」「以前、脊柱管狭窄症になったが、またそれだろうか」「今春、交通事故でむち打ち症になったが、その影響かな」等等。「でも、スキルス胃がん、肺炎を乗り越えた私だから、何とかなるだろう」という思いもある。
 「皿海さんどうぞ」よばれて入室すると院長はレントゲンを見つめている。「ヘルニアではありません。正面からだと特に異常は見られないが、横から見ると一か所骨と骨との間隔が狭くなっているところがある。そこで神経を刺激し、痛みとなって表れる。腰痛が原因の神経痛。物療(物理療法)で治療しましょう」
 物療としては、腰のけん引と痛い所に電気刺激を与えながら暖めるのを各十分ずつ。
 それらが終了し、会計を済ませると、処方箋をいただく。院内薬局へ行き提出。「えっ!」両手で抱えるくらいの薬。「これは痛み止め、これはビタミン剤、これは何何の薬、薬を飲んで胃が荒れるといけないので胃薬も出しています」うーん。「念のため確認させて下さい。私は胃を全摘しているのですが、胃薬を飲んだほうがよいのですか」「全摘してからどんな薬を飲んでいますか」「血糖値を緩やかにする薬くらいですかね」「分かりました。先生に確認してきます」
 しばらく待つ。「皿海さん、飲み薬は全部取りやめ、湿布薬のみとなりました。精算し直しますので、会計へ行ってください」と伝えられる。
 あれだけの量の薬だから、たくさんのお金が戻ってくるだろう。期待していたが、結果は三百円の戻し。なあんだ。薬は意外に安いのだね。
 今回の件、笑ってばかりではいられない。少し真面目に考えてみたい。胃を全摘した人は、使用しにくい薬がある。つまり身体に異常があっても治療法が限定されているということ。うーん、節制し、身体を大切にする必要あり。「スキルス胃がんで、五年以上生きている人を私はほかに知りません。よほど節制されているのでしょうね」とお便りをいただくことがある。不摂生な私は胸が痛んでいたが、今度こそは節制しよう。そのため、今までの生活習慣を見直そう。無理・無茶な所が見つかるかもしれない。
 「体験談を聞かせてください」と言われるとできるだけお受けしている。そしてスキルス胃がん術後五年を生き抜いたこと、フルマラソン完走について話題にすることが多い。治療は成功したが、以前と同じように活動することができなくなった人への配慮はどうだっただろうか。もし仮に私がフルマラソンを完走していなかったら評価はどうだったかな。等を考える。今、走ること、ストレッチをすることにドクターストップがかかっているだけに。しばらくは散歩や自転車を楽しむことにしよう。
 その後一週間。物療に二回通院。毎朝起床すると「治れ、治れ」「治る、治る」と言いながらお尻をなぜている。日により、また一日の中でも痛み方、場所が違うので、治りに向いているという確証はない。ただ、作業中、激痛でひざまずくということはなくなった。
 とにかく、治療を始めてまだ一週間。一喜一憂するよりはもう少しは様子を見てもいいのでは。ただし、この際ジョグ再開まで、酒を断つことで願かけとしようと思っている。その方が、ジョグ再開、飲酒と楽しみが大きい。治療に励むというものだ。