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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    今年も実行委として活動開始!
 「ブルブル」職場で花見の打ち合わせをしていると、ケータイに着信あり。四月三日のこと。障害者の施設なので、外出時の打ち合わせは大切だが、何事かと思いチェック。Cメールが入っていたが、発信者は「アンダンテH、」とある。誰だろう。精神障害者支援のボランティアグループ・アンダンテに私のケータイ番号を知っている人がいたかなあ。
 気になるので、打ち合わせ終了後、アンダンテ所属の職員に尋ねる。「Hさんですか、思いだせませんね」という反応。気にはなるがほっといてもいいだろう。
 無事花見を終え、ケータイをチェック。再度Hさんからメールが届いていた。誰かなあ。再度となるとやはり知り合いか。「あっ、そうか」アンダンテ違いだ。乳がん患者会アンダンテならHさんという知り合いがいる。
 「もしもし、今日は失礼しました」「皿海さん、実はお願いがあるのです。府中市の○○に取りに行ってほしいものがあるのですが」「分かりました。取りに行きましょう。でもその品物、いつどこであなたに渡すことができますかね?」「四月五日土曜日、リレーフォーライフ(RFL)実行委員会の会場でお願いしたいのですが」「私、今年はまだ実行委に立候補していないのですけど」「えっ、皿海さんは実行委と思っていました。前回は事故の直後で欠席されたのだと理解していましたけど」「仕方がないですね。じゃあ五日には行きましょう」「ご無理を言います」
 五日の夕方、実行委の会場尾道市総合福祉センターを目指し、軽四で自宅を出る。事故以来、初めての運転が夕方でしかも雨、ちょっと怖い。まあいいや。他の車にはせいぜい追い抜いてもらい、私は安全運転だ。とにかく追突事故だけは避けたい。
 いつもなら四~五十分で着くが、今日は一時間かかった。会場に入ると、ともに実行委として活動した知人の顔が多数見える。自己紹介の時間はあるだろうが、まずは実行委員長にあいさつ。そして遅くなったが宮崎「青太マラソン」の土産を渡す。「ピンクリボン宮崎」のロゴマークが入ったハンカチだけに、会長に直接渡したくて、このタイミングとなった。他の方々には会釈をする。
 着席し、いただいた資料に目を通す。「えっ!」私は既にRFL実行委員になっている。しかも役割分担まで決まっているようだ。これを見るとHさんの個人的な勘違いとは違うようだ。皆さんに私のことを受け入れてもらい、そして期待されているということか。うれしい限りだ。
 ただ、介護が必要な両親の存在等家庭の事情、そして二月に追突事故にあったという事実がある。RFL当日は参加するつもりだが、それまでの企画・準備も行う実行委としてどこまで活動できるか、どこまで関わったらいいのか。三月は治療優先だが、悩んでいた私。三月の私の思いは伝わっていなかったのかと思うとちょっぴり複雑な気持ちも感じる。
 でも、いつかは決断しなければならない。強引とも思えるHさんの依頼は私に決断のきっかけを与えてくださった。実行委としての活動は ○不安は不安として、今できることに全力で取り組む ○人のためになることを行う といった生きがい療法の指針にかなう。
 そんなことを考えていたとき、「皆さんに今年のパンフを配布しますので見てください」と委員長。「皿海さん、パンフに乗っている写真、二箇所に移っていますよ」と事務局長が指さしながら微笑む。ダメ出しだよな。彼女もアンダンテ会員でもある。もうひとつおまけに府中市よりRFL後援の承諾をいただいたと知らされる。分かりました。気持ちよく今年も実行委として、皆さんと共に活動させていただきます。久しぶりに皆さんの顔を見て、元気が出たというか前向きになれた。「RFL希望の星」である私がいつまでもくすぶっているわけにはいかない。
 でも、やはり片目の視力がほとんどない私。雨天の夜、車の運転はちょっと不安。家族も心配。申し訳ないが、そんな時は失礼させていただきます。