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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

  二〇一三年を振り返って    皿海英幸
 今年もあとわずかとなった。妻はおせち作りに励んでいる三十一日の午後。「何か手伝おうか?」と声をかけるが「いいよ、自分のしたいことをして」という返事。それではと机に向かい、今年を振り返ることにしよう。
 正月休みは、父が体調不良のため遠出をせず、自宅待機で過ごすという日が多かった。九十歳という年齢を考えれば、そして近場にいる子どもが私一人ということを考えればこれもいたしかたない。ただ、介護が過度の負担にならないよう、制度を上手に使うと同時にストレス発散も心掛けたい。
 幸い、両親とも介護保険を利用し、週二回デイサービスを利用することとなった。施設長が母方の親戚出身であり、食事がおいしいということで、喜んで出かけている。四月には私が六十歳の誕生日を迎えた。制度変更により、年金はもう一年待たなければもらえないが、職場の定年は六十五歳。意欲さえあればまだまだ働ける。
 とはいえ、スキルス胃がんで胃・胆のう・脾臓を全摘している。本来あるものがないので、老化を気にし始めたら一度に老化するのでは、長生きはできないのではと思い、五月検診時、主治医に訊く。「術後七年を無事過ごしたのだから、もうがんのことは思わず、現在の体調・意欲を中心に考えたらいいです。ほとんど前例のない所で生きているのだから、先のことを心配してもしょうがない」と言われ、ほっとする。
 六十歳すなわち還暦ということで、仕出し屋の祝い膳を利用してのパーティを家族で行ってもらった。私の希望通り、赤い袖なしではなく、カープのユニホームをプレゼントとしてもらった。なかなか着る機会がないが、来年二月の「神戸バレンタインラブラン」で着用し、十キロの部で走りたい。
 六月、しまなみ球場にて「ピンクリボンinカープ」に参加。九月には広島市立特別支援学校にて開催「リレーフォーライフin広島」に参加。今年もルミナリエステージでスピーチを行った。これでステージでのスピーチは五年連続となる。個人的には「代わり映えのない内容で申し訳ない」「他にも適任者がいるのでは」という思いもあるが、「あなたはリレーフォーライフ希望の星」「あなたのスピーチを聞くと『今年もリレーフォーライフに気たな』と思う」という声を聞かせていただきとてもうれしい。声をかけていただければ来年も何らかの形で参加してみたい。
 家族に高齢者・病人がいるだけに、外部とのつながり、活動をどうするのかということは頭を悩ませるところ。あまり早くからの約束はできないが、バランスを考えながらがんに関する活動には参加したい。
 仕事面では、四月から職員が一人減少。補充をせず、そのまま現在まで来ているので、残った職員は気ぜわしい時がある。特にワックス清掃は気を使う。剥離作業の際も職員は私一人という状態なので、利用者の安全確保が最優先。現状でやれないことはないが、なれない利用者・職員を指導して育てるという面では不十分と認める。年間を通して無理のない計画で作業を行う必要を感じている。
 十月中旬から十一月上旬にかけ、体調が少し気になり、ジョグを休んだ時期があった。だけど、十二月には「青太マラソン」に出場。練習不足の影響か、両足がけいれんを起こすというアクシデントがあったが、完走することができた。
 最近の私は、青太マラソンを完走すると「今年もいろいろあったけど、なんとか無事に過ごすことができたな」と思ってしまう。胃を全摘してフルマラソンを完走しようとなれば、年間を通して意識し、練習することが必要だからか。
 ただ、コンプレックスが多く、うつむきやすい私はそれによってずいぶん救われている。
 六十歳を超えれば、何か新しいことにチャレンジしなくても構わない。何も変わったことのない平凡な一年を過ごすことが「よい年だったな」と思う秘訣かもしれない。