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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

皆で支え合おう PTSDについて  皿海英幸
 木野山あたりでちらつき始めた雪だが、上下に入るとかなり降っている。幸いなことに積もる雪ではないようだ。有給をとってきている以上引き返すのはもったいない。十一月二十八日上下町民会館で行われた精神福祉講演会「皆で支え合おう PTSDについて 講師 湯が丘病院 原浩医師」に参加。内容を私なりに記してみたい。
 PTSDだが、Pは「~の後に」 Tはトラウマ・心的外傷 Sはストレス Dは障害であり、「心的外傷ストレス障害」と言われている。
 それではトラウマとは何か。個人の対処能力を超えた圧倒的な出来事を体験し、心に半ば不可逆的な変化を被ってしまうこと。自然災害、戦争、殺戮など「死と隣り合わせ」「死んでいたかもしれない」という出来事によって起こりうる。ベトナム戦争後にクローズアップされたが、地下鉄サリン事件・大震災等によってもおこる。
 また、日常に潜む様々な衝撃体験等でも起こりうる。具体的には交通事故 虐待 レイプ・セクハラ等性暴力 いじめ等。
 PTSDで起こる症状としては①再体験症状 望まない時に外傷体験全体の不快な思い出がよみがえる(フラッシュバック等) ②回避・麻痺症状 外傷の一部または全体を思い出させるような場面を避けている、感覚を麻痺させる。つまりあえて話さない、避けて通る。 ③覚醒亢進状態 強い驚愕反射・不眠等
 PTSDは出来事の衝撃から数週~数ヶ月の潜伏期間を経て発症する。
 原医師にこのような話を聞いた後、テレビの録画による治療の実際を見た。おそらく「眼球運動脱感作業療法」と思う。これは、眼球を左右に動かし、左右両側に交互刺激を与えながらトラウマ記憶を探るもの。極度にネガティブな意味付けがなされているトラウマ体験について、その偏りをとっていく方法。録画では、トラウマの治療を行ったと思ったら、その奥に潜んでいたもう一つのトラウマが現れるというケースもあった。
 録画の内容に圧倒されたのか「何か質問はありませんか」と言われたが、だれも挙手しなかった。しかし、帰路について「ハッ!」と気付く。「トラウマを抱えた人に周りの人は何ができるか、どう接したらいいのかを聞いたほうが良かったのでは」
 そこで「トラウマ 宮地尚子(岩波新書)」を読み、そこから抜粋することとした。
 本人が周囲の人に望むことは、「そっとしておいてほしい」ということだけかもしれません。けれどもそれは「離れていてほしい」ということではありません。むしろ、「ただそばにいてほしい」に近いでしょう。「ただそばにいる」ということには「具体的には何か知らないけれど、何か辛いことを抱えていると分かっていて話をする気になったらいつでも聞く、分かろうとする」ということも含まれています。そういう姿勢を感じ取ってもらえる人こそが支援者として理想的だと思います(以下省略)
 季刊ビィ107号には次のようなライフスタイルがトラウマからの回復に役立つと記している。①自分を守る。いやなこと、理不尽なことに対しては「ノー」と表明できる。自分と他人との境界を適切に設定できる。 ②感情対処 自分の感情に気づける。快・不快の両極端でなく、さまざまな感情があることが分かる。③健康なストレス対処 ストレスをためている状態に早く気づける。休みをとる、おいしいものを食べる等必要なセルフケアができる。④アサーティブな自己表現 あなたは・Aさんは、ではなく自分を主語にして自分の気持ちを語る。⑤自分を好きになる、強みも弱みも含めて「これが自分だ」と思える。
 以上PTSDについて記したが、十一月の講演会をなぜ今(一月三日)に取り上げるのかということを書き留めておきたい。PTSDは言葉で表しにくい症状であり、文章にするとどこか違うと感じやすい面があり、躊躇していた。だけど、「記念日反応」というのがあり、出来事が起こった時期にフラッシュバック等により調子を崩す人がある。あるいは誕生日とか正月に、「何もできないまま一年が過ぎてしまった」と思い、調子を崩す人がいる。そこで今取り上げ、自分の気持ちの整理とともに、何かできないかと考えてみたいと思ったからである。