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postheadericon 20131201サテライト会場での参加

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   サテライト会場での参加


 インターネットを利用すれば自宅での視聴も可能だが、やはりがん仲間と一緒の方が、内容が深まり元気が出るような気がする。よし、今回もサテライト会場へ行こう。
 十一月二十四日、「がん患者大集会(がん患者が望む最期の迎え方)」のサテライト会場中国中央病院に行く。会場を見渡すとリレー・フォー・ライフで知り合った知人が私を見つけ、微笑んでいる。暖かい部屋に飲み物のサービスもある。快適な環境だ。それでは今回印象に残った部分を記してみたい。
 基調講演は「自分が選ぶがん医療」長尾和宏氏(長尾クリニック院長)
 「日本は高齢化が進み、近い将来ほとんどの人ががんか認知症になる可能性が大きい。こう言うと多くの人が『認知症よりがんがいい』と言われる」
 私の両親は九十歳前後だが、一人はがん、もう一人は認知症と指摘通り。がんも認知症も特別ではなく普通の病気となるということ。その結果、病気の理解が広がり、病気になっても特別扱いせず、人としての尊厳は変わらないという態度で接するようになればいいと思う。
 「終末期の患者には「待つ」ことが大切。だけど現在の医療は待てないからいろいろ処置をする」
 いろいろ処置した結果、スパゲティ症候群という状態を生み、「延命治療はどこまでするか」という問題が起こってくる。また、処置することでかえって患者を苦しめることになるケースもあると聞く。
 福祉の世界では「見守り」という言葉がある。医療の世界でも、手を出したくてもグッと我慢して見守ることが大切な時もあると思う。
 氏はビデオで在宅医療を受けている自分の患者を紹介された。患者は元看護師長。「今、現場で働いている看護師に何か言いたいことはある?」というと元師長「話をしなくてもいいから、毎日・毎日そばにいてあげてほしい」と答える。それに対し「だけど看護師は記録をとるとか忙しくて、患者のそばに長くいることができないよね」
        
 私が治療のため岡山大学付属病院へ入院中のことである。「貴女は私の担当看護師と記してあるけど、他の看護師との違いが分かりません。担当とは何なのですか?」と聞いたことがある。「そうね、患者さんにはわからないでしょうね」とその場では言われた。
 その日に十時過ぎに担当看護師がやってきた。「あなたに『担当とは何』と言われたのはショックだった。今、仕事が終わったから話をしましょうよ」「えっ!朝の七時頃にあったのに今まで仕事をしていたの」「そう、看護師は記録をとるとか仕事がいろいろあるの。それに私要領が悪いし」
 申し訳ないとは思ったが、話が弾み、一時間近く話し込んだようだ。以来彼女は日勤の日に毎日のように勤務後に話しにきてくれた。「困ったことがあったら私に言って」と言うので「消灯後、うとうとしかかったとき、血糖値の検査に来られるが、時間を変えてもらった方がぐっすり寝られるのに」と言う。「朝食前に検査したら、同じ間隔で検査するからそうなるの。話しあってみます」と言われた。以後、検査は消灯直前となった。
 退院の直前彼女は私に告げた。「大学病院は患者の回転は速いし、看護師は忙しい。患者と本音で話をするなんてできないことだけど、あなたと話ができて良かった」
 「もっと患者に寄りそうことができたら」と思っている看護師はいると思うが、勤務の状況により難しい。パソコン等情報機器が発達しているのだから、記録等簡素化できる部分は簡素化できないものだろうか。
 厚労省の椎葉茂樹課長は「現在の五年生存率は、少ない患者データによるものなので、荒いと言える。より正確さを増すためにはがん患者登録制度を行い、たくさんのデータ活用が大切」と言われた。つまり、現在の五年生存率・余命宣告等の数字は荒いものととらえ、自分に都合のよいように解釈し、希望を持って生きていきたい。
 終了後、アンダンテの方にあいさつ。「宮崎のフルマラソン頑張ってね。今回は『スキルス胃がんに負けないぞ』と言うゼッケン着用で走ってね」「完走したらエッセイにして発表して。楽しみにしている」と励ましていただく。
 今日、やはり中国中央病院に来て正解だったな。