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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   娘とのコミュニケーション
 「いいね」をクリックしたり、コメントを記したり、娘のフェイスブックを楽しんでいる。娘もそれにフェイスブックを通して返事をくれる。毎日のように顔を合しているのに、妙な感じである。
 一つの家に住みながらケータイで話をしている家族がいる。よほど広い家かと訪ねたがごく普通の家だ。お互い移動するのがめんどうくさく、ケータイが手っ取り早いと思っているのかな。
 ところでコミュニケーションには言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーション(表情・身振り手振り等)があり、非言語的コミュニケーションは無視できない。
 フェイスブックやケータイを通してだと非言語的コミュニケーションは期待できない。だけど今はフェイスブックを始めたばかりの私。直接会った時、「フェイスブックで○○するのはどうするの?」等会話が増している。また、娘は持病があり感情の起伏が激しい時がある。話の途中で感情が高ぶり、普段と違うことをいう時がある。「真意はどうなのだろう」と考え込むこともある。そんな時、フェイスブックの情報も加味して考えたほうがわかりやすい。また、娘と私共通の友達のページを話題にすることもできる。
 もちろん基本的には直接会っての会話を重視したいが、話題作りのきっかけとしては今後もフェイスブックを活用しようと思う。

   傾聴は大切ですが
 福祉の世界で仕事をしていると傾聴が大切とよく言われる。職場ではまず利用者の声に耳を傾けることが仕事をする上での基本でしょう。
 ところで先日我が家に飛び込みのセールスマンがやってきました。全く興味のない話ではなかったのでしばらく聞いていました。初めは自社の商品の良いところを説明していました。話が進むと他社の商品と比較し、自社の商品のほうがよいので買うのが当然というようになっていきました。私は気分が少し落ち込んできました。
 私も学校を出たばかりの頃、福山の企業に就職し、営業をしていました。自社の商品の説明をし「よろしかったら使っていただきませんか」とお願いしていました。他の商品をけなすようなことは控えていました。
 セールスマンのはなしは傾聴したからと言ってお互いすっきりするということはありませんね。契約するまで話し続けようとするでしょう。こういう場合、聴くことよりもきっぱり断ることが大切ですね。
   

   写真写り
 京都ファンランでハーフマラソンを完走したが、その際、プロの写真家が要所で構えて写していた。後日インターネットを通して注文を受け付けるということである。最近の大会では特に珍しいことではない。
 さて、数日後インターネットで写真を見る。予想以上の好タイムで完走できたし、二人の女性のお世話になったので、いい写真があったら購入しようかなと思ったからだ。
 「えっ!」運よく二人の女性と私、三人が並んで走っている写真があった。「でもなー」私は片目の視力がほとんどない。見える片目だけで前方を見ているので、目つきがほかの人とはちょっと違って不気味。それに空気抵抗の関係か、苦しくなったとき、総入れ歯をはずして走ればずいぶん楽になる。今回も入れ歯を外していた。人相がちょっと違って見える。頭も頭髪がひたいの上はほぼない。ちょっと写真写りが悪い。おそらく彼女たちもこの写真はパスするだろう。
 まあいいか。実の娘よりもまだ若い彼女たち。当日だけの良い思い出としておこうかな。