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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    御祝いの日に
 それは一通のメールから始まった。「連休を利用し、そちらに行く予定ですが、四月二十七日の夜は色々お祝いの行事があるそうですね。私たちはどんな形で参加しましょうか」東京の姉からだった。
 「えっ!何これは」二十七日の件、私は何も知らされていないので、どのような返事をしたらいいのかわからない。早速家族に事情を聴く。
 *父の九十歳のお祝い(卆寿)
 *私の六十歳のお祝い(還暦)
 *娘のハーブ検定合格のお祝い
を行う予定とのこと。父は三月生まれで、父と私が話しあってささやかなお祝いをしたのだが、娘にとっては物足りないし記念の写真も撮っていない。東京から姉・姪が来ることだし四月のお祝いと合わせて行いたいということ。ただし私にはいわゆる「サプライズ」を狙ってぎりぎりまで内緒にしておこうという計画だった。
 「私だけでなく、他のお祝いもするのだから私も準備を手伝いたい」と妻に言い、当日の朝二人で買い物に。料理は仕出し屋に注文しているが、鯛の刺身を加えようということで捜す。前日風が強く海が荒れたので一尾物は出ておらず、柵になったパック入りを購入。日本酒は私の好みで純米吟醸、娘の好みで三次ワイナリーの白ワイン。他にカープのマーク入り缶酎ハイ。
 準備が整った夕方、皆で仏間へ行き記念写真を。久しぶりの三脚なので、まごつきながら準備している私に「変わりましょう」と姪が告げる。さすが朝日放送勤務だけに手際がいい。と言ってもカメラマンではない。
 皆で食卓につくが、合計六名。卓上にはこぼれおちないかというほどの料理が並んでいる。「それではこれから父と私の歳祝い、娘のハーブ検定合格の祝宴を始めたいと思います」私が切りだすと「新車がきたお祝いもね」と娘。先日妻が注文していた車が納車されたばかり。祝い事が増えるのはいいよな。乾杯の音頭をどうしようかと思ったが皆の意見で「サプライズに強いのでは」ということで妻が。教職だけにあいさつはそつなくこなす。
 「父さん、おめでとう」といい娘が袋を私に手渡す。明けてみると中身はカープのユニホーム。背番号は還暦なので六〇番、安部選手。最近一軍で活躍し始めた。「還暦と言っても赤いチャンチャンコより、カープのユニホームのほうがよい」と言っていた私の希望に沿ったもの。インターネットで注文していたが、一カ月くらいして送ってきたという。前健や栗原選手なら在庫があるかもしれないが、安部選手は在庫がないのだろうな。でも今回は六〇がみそだな。早速ワイシャツの上に羽織る。「入団記者会見見たい」「こんな年増のルーキーがいるかな」と言い返すと「監督やコーチの入団ということもあるよ」なるほど。
     
 スキルス胃がんになり手術を受けたのは五十三歳の時。「手術が成功しても五年生存率は十%を少し超えるくらい」と主治医に言われていただけに、生きて還暦を迎えられるなんて考えてもいなかった。命というものは不思議でありかつ大切なもの。
 娘も病気を持ちながら、検定合格。近いうちに「ハーブの無料体験教室」を開きたいという。
 「六十歳になり、年金がもらえるようになったらパートになり、勤務時間を減らしてもらおうか」と考えていた私が恥ずかしい。「年金や保険、もらえるものはもらわなければ損と考えるのは間違っている。働ける間は働き、それらを少しでも返上したり税金を納めたりすることで社会貢献するのが老人の矜持」という意味のことを作家曽野綾子さんが「不幸は人生の財産」に記している。私もあやかる方向で考えてみたい。
 歳祝いを家族だけではなく、東京の姉・姪と共に祝うことができた。また私のエッセイの読者からメールでお祝いの言葉をいただいた人がいる。本当にありがたい。
 今日の思いを大切に、これからも誠実に、ていねいに、ときには手を抜いて生きていきたい。