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postheadericon 大変な時こそ、笑う力を忘れない

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    「大変な時こそ、笑う力を忘れない」より
                    皿海英幸
 題名から何を連想されましたか。「夜と霧」のフランクル氏、あるいは生きがい療法でしょうか。「ブー」違います。これは映画「毎日がアルツハイマー」に出てくる言葉です。「シネマ尾道 シネマ手帳」を見て知り、「これは絶対観なくちゃあ」と思った。
まずは手帳に記された映画紹介より。「アルツハイマー型認知症の介護の日々を、娘が二年半にわたって記録したドキュメンタリー。発症前よりも感情をあらわすようになったという母親の様子をユーモアを交えながら捉え、母を取り巻く家族の様子を軽やかに描き出す」
 母ひろこさんは二世帯住宅の一階に一人で住んでいる。二階には次女一家だが、ひろこさんの孫娘は「おばあちゃん」と言ってしょっちゅう遊びに来る関係でほほえましい。長女はオーストラリアに住んでいたが、母の認知症が始まったということで帰国し、母と二人暮らしに。娘は映画監督なので母をビデオで撮り続け、それを編集し、映画となった。
 「百から七をひいて下さい。その数からまた七をひいて」病院での認知症テストを受けるシーン。すらすらと答える。私には付いていけないスピード。がんになる前「うつ状態」と診断されたことがある。当時、お金の計算ができず、買い物に行くと金額がいくらであれ、御札を出しておつりをもらっていたのを思い出す。認知症の中には計算に強い人もいる。
 映画に出てくる病院は問診だけではなく、MRIによる診断もあるので説得力がある。市立湯が丘病院だとMRIとはいかないだろう。
 「アルツハイマー型認知症」と聞くと脳のほとんどが機能していないと思う人がいるだろう。そうではない。機能していないのはごく一部。
 今までできていたことができなくなる。楽しかった記憶を忘れていく。大切な人も忘れる。これは認知症。そのため、泣いたり声を上げたりするのは正常な脳の働き。あなたも大切なものを次々に忘れていくようなことがあったら歯がゆく思うだろう。やりきれないだろう。そのため、感情をあらわにするのは正常な脳の反応だ。
 ところで、「認知症の介護といえば大変」と思う人が多数いるだろう。だけどこの家庭には笑いが絶えない。何故だろう。介護保険の制度をうまく利用する等色々考えられることはあるが、第一には発症するまでの人間関係がどうかということだと思う。よい関係だと少々のことでは動じない。思いやりを持って接することができると思う。
       
 ミスをしたり、見当違いな行動をしたりしても、攻めるあるいはからかうような態度をとることはない。笑って済まし、いつもと変わらない態度で過ごすことができる。
 認知症といっても症状の出方はそれぞれ。ひろ子さんは昼夜逆転があるがひきこもり。私は祖母の介護経験があるが徘徊性だと大変。よるゴソゴソしたり、家を出ようとしたりで気になって熟睡できず、徐々に疲れがたまる。そうなるとつい本人に辛く当たる。辛く当っても病気なのでどうなるものでもないのだが。
 二人の孫がひろ子さんに愛情たっぷりで接している。そしてひろ子さんのもともとの明るい性格がうまくかみ合っているように思える。
 そして絶えずビデオで撮影しているということも影響していると思う。愛情から撮影という行為が始まっているのであろうが、記録に残るということは下手なことはできないということでもある。我が家にビデオはないので、定期的に写真を撮ろうかな。両親は急実際がすぐそこ。認知症が出てもおかしくない。
 うまく文章にできないが、この映画は認知症の人と接するヒントが多数あるように感じた。ただ一つ注文をつけておきたい。「毎日がアルツハイマー」を略して「毎アル」は辛い。晩酌が大好きだが、血糖値を気にしなければならない私は別なことをつい連想してしまう。