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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   わかってはいるのですが    皿海英幸
 すばる後援会会員と利用者家族との交流会が一月二十二日、リ・フレにて行われました。今回は①F先生(臨床心理士)による講演「統合失調症の人の理解について」という題の講演。②グループでの話し合い。③まとめ。④講師コメント。という内容でした。
 私はわかば職員として参加しましたので、当日は障害者の家族という立場での発言は控えさせていただきました。だけど、少し気になる点があるので②を中心に思いを記してみます。
 まず「家族が疲れないように工夫しましょう」ということでチェック表を見て、どのくらい疲れがたまっているかを確認しました。表には・自分のことは二の次である。・自分の気持ちを話せたり、ほっとできる場所がない。等十四項目ありました。
 「なるほど、その通り」「家族が元気でなければ、よい支援はできないよな」と思いながら研修を続けました。    
        
 だけど、やはり家に帰れば自分のことは二の次、障害のあるわが子を中心とした生活になることが多々あります。自分の言動により子供が興奮し、飛び出したり、自傷行為を起こしたりした経験を持つ親なら、そうせざるを得ない時期があります。「もしかして共依存かな」と思いながらも。自傷行為も救急車を呼び、病院での処置が必要な時があります。自傷行為と自殺未遂の線引きはどう考えたらよいのでしょうか。
 私は障害者が利用する施設職員であり、他の親にくらべ障害について学習する機会に恵まれています。またわが子と同じ障害を持つ人と話し合う機会もあります。それだけに私の言動でトラブルを起こした際には落ち込み、考え込んでしまいます。
 わが子の障害についてもっと知ろうと思い、自宅学習をしていると「本を読んだくらいで私のことが分かるはずがない」と激しく反発します。
 先日何かの本で「いくら学習しても、家族には専門職として接することはできない」という文章を読み、「そういうことなのか」と思い、なぜかホッとするものを感じました。
 このような気持ち、家族だけなら話すことができるでしょう。だけど後援会役員・ボランティァのいるところで話していいのか、理解してもらえるか躊躇します。何かの機会に家族の集いに参加してみたいという思いはあります。でも、施設の家族会、病院の家族の集いは平日の午後開催というのがほとんどです。仕事を持っていては参加が難しいです。家族としては治療費、将来への不安等により収入を得るための仕事は大切です。平日午後開催というのはどういう人の参加を想定しているのか不思議な気がします。
 家庭内でトラブルが続き困ってしまい、病院に相談することもあります。休日だと主治医ではなく当直の医師ですが、「その程度のことで入院させていたら精神科病棟はすぐに満杯となり、パンクしてしまう。家族でしっかり対応を」と言われ、疲れがどっとでたことがあります。家族にとり、病院は最後のセイフティネット、すがる思いの電話なのに。
 疲れがたまり、ちょっと一息つきたいとき、福祉制度としては・ショートスティ・デイサービス等が考えられるかと思います。でも、家の近くになかったり、手続きが煩雑で時間がかかったりでまだまだ使い勝手が悪い気がします。時間をかけていると状況は刻々と変わります。
 でもやっぱりわが子はわが子。気になるし、かわいい。そして最もつらい思いをしているのは障害を持っている本人でしょう。私には理解できないような言動も症状の現れ方の一つなのでしょう。
 こんなことを記している私ですが、私はストレスがたまっても、考え込んでも胃が痛くなるということはありません。スキルス胃がんで胃を全摘しています。私の趣味はジョギングとエッセイ。これを記しているうち、徐々に気持ちが楽になりました。また、がん関係の行事に参加すると「腹膜転移したスキルス胃がんのあなた、生きているだけでも価値がある」と評価されます。いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。