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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

「命を見つめて」自殺対策講演会  皿海英幸
  「民生委員の研修を兼ねているとはいえ、平日の昼間に大勢だな。自殺対策
への関心は高まっているということか」会場へ入ったときの第一印象だ。それ
では福山市自殺対策講演会について私なりに記してみたい。
 「いのちを見つめて 心の危機と再生への道」
   講師 柳田邦夫さん ノンフィクション作家
   日時 二〇一三年 一月一一日
      一三時三〇分~
   場所 広島県民文化センターふくやま  
  平成十年以来、十四年間自殺者が年間三万人を超えていたが、昨年やっと三
万人を切った。自殺対策の効果がようやく出てきたのではないか。それにして
も、十四年間で福山市の人口とほぼ同じ人が亡くなっているというのは大変な
数字だ。地方の中核都市が無くなったことになる。平成十年といえば、バブル
がはじけて不況となり、格差社会が厳しくなった。地域間格差も厳しくなり、
特に東北地方は厳しく、自殺対策に積極的に取り組むところがあった。
 自殺の原因は多様だが、おおざっぱに分類してみよう。
  ○若者  ・社会に対応できない。・生きている実感がわかない。これらは昔
からあったが、今は就職難という社会性を含んでいる。
  ○中高年  経済状況が悪い中で人員整理、倒産への不安。また成果主義やパ
ワハラ等で追い詰められている。
  ○高齢者  孤独を感じている人が多数。若者が家を、町を出てゆき、後継ぎ
がいない中で身体に衰えを感じながらも田畑・家を守らなければいけない。先
の不安あり。
  現在問題になっている大阪市立桜宮高校バスケットボール部員自殺の件、報
道は控えめになされている。「焼きを入れれば活躍する。強くなる」という誤
った考え方がまかり通っている。成績を上げるため、監督の名誉のために暴力
を使ったチーム作り。
  一年半前から「体罰があるのでは」と保護者からの訴えがあったが、担当教
師に訊くのみでそれっきりというおかしな話。
企業が成績の悪い社員をいびり、やめさせるのが増えているが、厚労省は企
業の労務管理担当者に訊き、「やっていません」といえばそれまで。やってい
ないことにする。
一番追い込まれた人の話をなぜ聞かないのか。こういう構造が世の中に蔓延
している。今の社会は行き詰っている。
  ではどうすれば、どう考えれば生き抜くことができるのか。困難にぶつか
ったとき、再度生きなおす力を身につけなければならない。
 私に届いた手紙の一部を紹介する。
  小学四年生のころからいじめにあい、誰も助けてくれない。とても辛かった
が何とか小学校を卒業し、中学生となる。学区が広がり学生数が増える。学校
へ行ったら隣の席の子が「友達になろうね」と声をかけてくれた。その一言で
うれしくなり、生きなおそうと思った。
  知的障害を持ったわが子は隣の女の子と小さい時は一緒に仲良く遊んでい
た。幼稚園に上がるころ、「ゴメン、もう遊べない。○○ちゃんと遊ぶと馬鹿に
なるとお母さんが言ったの」
  これを聞いた私はショックで心はボロボロになり、泣き崩れてしまった。だ
けど、幼稚園の参観日に行くと、障害を持った娘が「私のお母さんを悲しませ
ないでください」と作文を読んだ。これを聞いた私は涙と同時に「これからは
娘と共に堂々と生きていこう」と決心しました。再び生きる勇気をくれたのは
娘でした。
  ストレスがたまりやすい現在の社会だが、何かきっかけがあれば生きなおす
ことは可能。ではきっかけは何だろう。
  人間の幸・不幸、生きる力は障害あるいは収入といったものとは関係ない。
何事にもプラスの要素とマイナスの要素があるので、どちらを観るかによって
変わる。
  東日本大震災・原発事故で亡くなられた人は多数いる。長引く避難生活によ
り病気になったり再発したり、悪化したりで亡くなられた人を災害関連死とい
うがこれらも多数いる。乗り越えるのは難しい。
  こうした状況の中、献身的活動を行った医師は「人はぎりぎりになると、命
を差し出してでも他者を助けようとするのですね」と語っている。
  そして深い宗教心を持たないと心のケアができない、思いが伝えられないと
感じ、「心の相談室」を作った。ここでは宗派を超えて宗教者が活動してい
る。彼の名は岡野医師というが、昨年亡くなられた。
  被災者自身の中にも生きなおす力を身に付けた人がいる。もともと名古屋産
まれの女性。精神科へ入退院を繰り返していたが二十代後半から社会へ出始め
た。知り合った人と三十九歳で結婚。飯館村へ移住して二年余りで夫ががんで
亡くなり、そして被災。厳しい状況の中、「彼のもとへ行こう」と思ったこと
も何度かあったが、気がついた。
  私の魂はこんな経験をしたかったのだ。試練を受けたかったのだ。生きなけ
ればならないのなら、小さな希望を大切にしたい。悲しみも苦しみも自分で受
け止めたい。
  「夜と霧」で有名な作家であり医師のフランクル氏はアウシュビッツ収容所
に入れられた体験があるが、次のように述べている。「苦難がたびたび現れて
明日がなくても、今日を気高く生きる」「そう考えるしか生きる道がない。そ
れでもなおかつ生きる道を見出す」
 可能性は残されている。其れに気づくかどうかが大切。
  傾聴ボランティアというのは広まっているがそれが発展し、「聴き書きボラ
ンティア」というのがある。その人の一生を語ってもらい、傾聴したことをメ
モし一冊の本にする。人の一生は山あり谷あり。誰の一生も大河ドラマとな
る。本人は喜び心穏やかになるが、家族もびっくりし、その人を見直す。傾聴
・聴き書きは家族よりも他人(第三者)のほうがうまくいく。
  生きるきっかけはささやかなものかもしれない。生きるのが大変になってい
る人は、気づいている以上に、思っている以上に多い。
  その人たちはどうしてほしいのか、どう声をかけてほしいのかそこを考える
ことから始めてほしいと思っている。            以上
  昨年の自殺者は三万人を切ったことは喜ばしいと言えなくもないが、その背
後には自殺未遂者、また実行するまでには至らなかったが自殺を真剣に考えた
人はもっと多数いると思われる。継続しての取り組みが必要である。私の新春
のエッセイ「似た者同士」で記したが、人は一人でもいい、分かり合える人が
いれば辛い状況でも負担が軽くなる、前向きになれると思う。また、フランク
ル氏の体験から、どんな逆境にあっても希望あるいは目標があれば生きる力は
途絶えないように思う。このことを踏まえ、追い込まれたと感じている人に傾
聴あるいは聴き書きを大切にした接し方をしてみたいと思う。そして自分では
難しいと感じたら速やかに相談機関・専門機関につなげることを考えたい。