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2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

    誕生日の夜に
 軽快なメロディーがなる。何しろ私のケータイ着メロは「それいけカープ」だ。メールを開くと「いつもより上等なワインを買ったよ。今夜は娘の誕生日会を開くからそのつもりで」 妻からだ。「了解、早めに帰る」と返事をする。驚きだ、我が家で誕生日会なんて何年振りだろうか。
 「この一年、なんの成長もなかった。本当にダメな私」「私は二十数年間生きてきたけど、辛いことばかり」といい、誕生日が近付くと落ち込む娘。心の病が言わせるのだと思うが、親にとっては辛い発言。一般的には喜びととらえられている区切りの行事が心の病の人にとっては負担に感じ、辛い日となることが結構ある。そういえば「卒業式まで死にません」を表した南条あやさんだが、卒業式後、大量服薬で亡くなられた。
 家族はピリピリ感で見守るのだが、「こんな私だから、だれも祝いの言葉さえかけてくれない」と言うこともある。やれやれどうすればいいの。こんな状況がここ数年続いていただけにワクワクドキドキで帰宅。
 テーブルには妻手作りの料理が並んでいる。娘がワインの栓を抜いて注ぎわける。「今まで育ててくれてありがとう。乾杯」えっ! 昨年までとは違い待ち望んでいた光景。でも、気分がハイになりすぎると次の落ち込みが深くなりすぎるぞ。そして心の病の薬を飲んでいる人はアルコールを飲まないほうがよい。でも今夜だけはそれを忘れて気持ち良く酔いたい。
     
 こんな娘が数日前に言った。「父さんはがんを克服し、そのことをエッセイにしたり講演したり。私だって難病を克服したのだけどそれを発表すると自慢話のようで嫌なのよね」私も体験を語る際、自慢話にならないように気をつけて、率直に話すようにしている。
 「皿海さん、元気でいてくれてありがとう。あなたがいるからスキルス胃がんの人に『希望を持って治療をしようね』と言えるようになった」と語る看護師さん。そしてわたしは「前例がないのなら、私が前例となるような生き方をしたい」と誓っている。同じ病気の人に希望を与えられるなら、私の体験を前例として使用してもらえたらこれほどうれしいことはないと思っている。そのためのエッセイであり講演だ。
 「私の知人がスキルス胃がんと分かり、とても不安がっていたので皿海さんのことを伝えました。事前連絡なしですみません」がん患者大集会サテライト会場であったHさんが告げた。「私で役立つならどうぞ利用してください。よかったら『がん友のエッセイ』も教えてあげたら」と伝えた。
 だけど、家庭内では気を使っている。十一月十七日、広島市にあるもみじ銀行本店で行われた「小さな親切運動広島県民の集い」で私は「小さな親切実行者」として表彰状をいただいた。理由としては・がん患者交流の場を設立(府中地域がん患者交流会)・がんの啓発活動等だが、啓発活動には看護学生に体験を伝える活動、リレーフォーライフ実行委としての活動も含まれている。だけど娘の誕生月と同じなので、私からは話題にしないことに決めている。
 小さな親切運動府中支部から話があったとき、私に晴れがましい場所は似合わないと思ったが、「府中地域の人たちが、がんに関する関心を高めるための一助となれば」と思いなおし、お受けすることにした。その点から考えればどこかで話題になったほうがいいのだろうが。
 娘に戻すと難病体験をエッセイにしてもいいのではと思う。自分の長所、得意技を意識することで生きる張り合いとなり、安定した生活となるケースはよく見聞きする。そのことが心の病にきっと良い影響を与えると思う。ただ、他人がエッセイをどのように受け止めるかはさまざまだ。発表の場、方法は慎重に考える必要があるだろう。
 気持ちの揺れが絶えずある娘。調子が悪いと私に攻撃的な態度をとることが多い。明日はどんな調子なのかは分からないが、今夜は楽しく過ごさせてくれてありがとう。