2009メインメニュー

postheadericon 一緒に遊びま症

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   一緒に遊びま症    皿海英幸
 認知症の講演会はできるだけ参加するようにしている。自分が認知症になったら(始まっているかも)という心配もあるのだが、講演を聞いていると、何かやさしい気分になれるような気がするからだ。それでは今回の講演「認知症を学び地域で支える 川崎医科大学 片山禎夫特任准教授」で印象に残った部分を私なりに記してみたい。
 「他人に迷惑をかけたくない」「一人で頑張るのだ」認知症になるとその思いが強くなります。だから何か失敗をした時、失敗させないようにするより、一緒に楽しくやってみるのがよいでしょう。
 たとえば食事。時間がかかる、よくこぼす。こんな時家族は「なんとかして自分がうまく食べさせよう」といろいろ試みます。だけど家族のペースで行うと本人にとっては「食べ物を口に入れられ、かみ砕き、消化管に流し込んだだけ」と感じるのです。食事は楽しくするものなので、食べた感じがしないでしょう。食事を済ませてもすぐに「ご飯はまだかな」というようになります。
 「母はトイレに入るとトイレットペーパーをちぎって散らかします。そしてポケットにも詰め込みます。困っています」と訴える家族がいます。お母さんが若かったころのことを思ってみてください。トイレットペーパーはなくチリ紙の時代でした。「『おーい、紙がないぞ』と夫に言われないよう、ちり紙はいつも準備しておくのよ」と結婚前に母に言われていたでしょう。同じ長さにそろえたちり紙を用意し、いざという時はいつでも渡せるようにポケットに詰め込んでいたのではないでしょうか。実は家族思いで頑張り屋のお母さんだったのです。
 次のような話をされた娘さんがいます。「我が家は裕福な家庭ではなかったのですが、子どものときピアノがほしくてたまらず、父にお願いして買ってもらいました。
          
そのピアノは今も大切に使っています。認知症の父が先日の夜、そのピアノにおしっこをかけたのです。私は情けなくて、悔しくて一生懸命ピアノを拭きました。いつしかおしっこと涙が混ざった床を拭いていました。
 そこに父が来ました。ズボンはまだ濡れたままでした。だけど私はその時父を着替えさせることができませんでした。朝まで放っておいてしまいました」
 この娘さんを責めて何になるでしょう。子どもにとって自分の親が認知症と認めることは辛いことです。悲しいことです。そして認知症の家族で一度は死を考えた人は多数います。「そう、辛かったね。私も着替えさせなかったことがあるのよ」と寄り添う体験者の声が必要なのです。認知症の家族の会をつくり、安心して話せる場が必要なのです。地域で支えあうことが必要なのです。
 認知症は「一緒に遊びま症」であり、「さみしん病」と思って下さい。そして笑顔で接するように心がけてください。
 片山特任准教授は「認知症の理解」ということで話されたが、内容は一般的に通じると受け止めた。人は楽しい行為は記憶に残しやすいし、自分のやり方を変えることも可能だろう。辛いことは早く忘れたい。自分が納得できないことは受け入れにくく、変えようとは思えない。
 そして現時点の行為だけでなく背景を探ることが必要な時もある。
 私は忘れ物が多い。家で探していると家族は冷ややかな反応をする。夫は、父はもっとましな男であってほしいという思いがあるのだろうが、本人が最もつらくみじめだということを分かってほしい。辛く当られると緊張して「また忘れ物をするのでは」という気持ちになる。
 ところで、「認知症が心配だから、わかばのバザーより、講演会を優先したい」言った私に「注意力が足りないだけじゃあないのでは」といった同僚のHさん、感謝しています。そういう捉え方もあるのだと気付き、少し気が楽になりました。