2009メインメニュー

postheadericon 元気をもらって帰りました

2012 - がん友、皿海英幸さんのエッセイコーナー

   「元気をもらって帰りました」   皿海英幸
 「皿海さん、八月四日(土)に恒例の『看護学生と共に学ぶ』があります。がん克服体験談をお願いしますね」「分かりました。でも今は三月。ずいぶん先の話ですね」岡山市で行われたすばるクリニック主催「心の健康セミナー」慰労会の席で伊丹医師に声をかけていただいた。
 早くから話が決まったからといって、準備がしっかりできるとは限らない。「まだ先だ」という安心感があるし、術後が順調なので体験談の内容はほとんど変化がない、やり始めたら簡単かも、という思いがある。ただ、当日は仕事の日なので、職場で「八月四日は休みます」と皆に早くから告げておいた。
 七月中旬、すばるクリニック事務局から電話があった。「先日、FMふくやまの番組でリレーフォーライフそして自分のがん体験を紹介されましたよね。それは放送局のホームページに載っていると言われていました。休憩時間にホームページを使って番組を会場で流したいと思います」という依頼。「分かりました」と応えたが、休憩どころかむしろプレッシャーとなるかもしれない。
 「建物のせいか、電波がうまく拾えないので、インターネットが使用できません。申し訳ないですが、ラジオ出演の件はスピーチの中で語ってください」当日会場入りすると事務局のTさんに言われた。「やれやれほっとした」というより、「ちょっぴり残念」と感じた。何故なのかな。
 「それは残念。でも、紹介する時『皿海さんは先日ラジオに出演されました』と言いますから、ぜひ触れて下さい」と看護学校の先生。 それでは私のスピーチを中心に当日の様子を記してみたい。
 
生きがい療法活用法
 ~看護学生と共にがん克服体験談を学ぶ~
 精神腫瘍学を活用したがん治療
 まず、モンブラン登山で有名なすばるクリニック伊丹仁朗院長が「生きがい療法5つの指針」をもとづく患者自身ができるがん治療法、そしてがん医療現場に広がる人命軽視から起きるがん難民多発の問題について実例をあげながらわかりやすく説明。それに対処するため「生きがい療法実践会」は学習団体から患者組合へと衣替えをし、社会的行動をとる団体となった。
 がん克服体験談
○最初は甲状腺・胃・子宮・肝臓と四重がん体験者のWさん。「死ぬまでは生きられる。だから、不安はあるがままに、今できることを考えて生きよう」と話された。
○次は前立腺がん多発性骨転移体験者Sさん。入院中、退屈なので独学の絵を描いていたら、看護師が「その絵を下さい」と言った。人は誰かの役に立っていると思えば生きる意欲がわいてくる。と訴えられた。  
 Wさんは退院後、本格的に絵に取り組まれ、たくさんの受賞歴がある。
 三番目でラストは私。
 自己紹介
 広島県府中市の皿海英幸です。「お皿に海と書きます。最初の縦棒が横棒より上に出たり、払ったように書いたりすると「血の海」となります。私は平和主義者であり、貧血気味。血の海は避けたいと思います。
 次に皆様にお願いです。先ほど伊丹先生から「笑わせ療法」の大切さを学ばれましたが、手術したばかりの患者には試みないでください。とても堪えます。坂本九さんの映画に「泣きながら笑う日」というのがありますが、笑いながら泣かなければならなくなります。私は生きがい療法実践会では「自己紹介で笑いがとれる男」となっている。
 病名と治療経過
 スキルス胃がん。経過についてはすでに何回もエッセイで取り上げているので今回は省略させていただきます。
 人生最大の危機・死の誘惑
 胃・胆のう・脾臓の全摘手術後、腸閉そくを起こす。同時に血糖値は五百まで上昇し、吐き気・腹痛がひどく、苦しくてたまらない。もう限界だ。医師に「睡眠薬で寝させてください」とお願いするが、薬を使って寝ると、誤嚥の恐れがある」と断られる。たまらず「いっそ点滴の管を引きちぎり、四階の病室から飛び降りたら楽になるのでは」と考える。窓の方を見るとその前に妻が。そして夕方交代するまでは娘がそこの椅子に座っていた。吐き気を催すたびに腸液と唾液が混ざったものをトレーに吐き出し、口をゆすぐ。何回となく。その都度、黙ってトレーを洗いコップに水を注いでくれた彼女たち。私は悪いことを考えてしまった。「家族のためにも生きることを考えよう」と思いなおした。
 「このあたりをしっかり話してこようと思う」と当日の朝妻に言った。「あの娘は『父さんが腸閉そくであんなに苦しんでいたのに、私はうつ状態だったので何もできなかった。申し訳ない』と今も思っているの」「そんなことはない。よくしてくれた。仮に何もできなかったとしても、一番苦しんでいるとき、娘が同じ部屋にいてくれた。父親にとっては心強いし、家族の絆を感じたよ」「看護学生にそのことをしっかり伝えてね」
 残念だが、妻の思いは実現できなかった。最後に体験談を語るということは、私が時間調整を行う役目を担っていると考える。タイムスケジュールより長引いているので、予定原稿に付け加えることはできない。むしろできるだけ省いて短縮する必要がある。だけど、大丈夫。私のエッセイは最近リレーフォーライフ広島のホームページにのせてある。そちらで対応してもらえるだろう。
 看護学生に伝えたいこと
 ・絶対にあきらめない! 前例がなければ自分が前例となるような生き方をすればよい。
 ・苦しい時こそユーモアを忘れない。ユーモアとは「~にもかかわらず笑うこと」
 そして最後にもう一つ
 リレーフォーライフに関心をもたれた方、是非「リレーフォーライフ広島」のホームページをご覧ください。詳しい情報が載っています。私がFM放送に出演した時の動画もあります。そして、私の話に関心をもたれた方、リレーフォーライフ広島には「がん友 皿海のエッセイ」というコーナーもあります。よろしくお願いします。
 前方の看護学生が「リレーフォーライフ」とメモをしているのが見える。
 この後、看護学生はグループワーク、そして「人生の困難克服のために学んだこと」という各グループの発表となる。私は助言者として参加。発表が終わると「本日のお礼」ということで看護学生の合唱あり。
 術後が順調なので、話す内容が毎回同じで申し訳ないという気持ちが私にはある。看護学生は毎年変わっているが、引率の先生は同じ人もおられる。そのあたりを聞いてみた。
 「昨年に引き続き、体験談を聞かせていただいたが、皿海さんの生き方は魅力的ですね。今年も新たな感動がありました。よい話は何回聞いても飽きることはないと思います。人の心はよい話には反応します」と言われ、感謝。
 リレーフォーライフ広島のルミナリエステージ、第一回から連続して出場している。続けて聞く人は「またあの人か」「昨年の同じことを言っている」と退屈するのではと今年の出場に躊躇する部分があった。看護学生たちの反応、そして先生の言葉に元気をたくさんいただくことができた。よし、リレーフォーライフ広島、今年もがんばるぞ!